経営指標の1つになった「カーボンフットプリント(CFP)」

カーボンニュートラル達成に向けて、あらゆる業界・業種の企業が、取り組みを加速させています。欧州では国境炭素税が施行され、脱炭素化への取り組みが投資や取引の条件になるようになりました。そして各企業には、ビジネスを営む中で排出する温暖化ガス(GHG)の排出量「カーボンフットプリント(CFP)」の管理・削減が強く求められています。しかも、自社ビジネスで直接排出する量だけではなく、利用する電力の発電や送配電に伴う排出や、サプライヤから調達する部品・材料を作り出す際の排出なども含めた「Scope3」と呼ばれる視点からの管理・削減が必須になりつつあります。ここでは、企業におけるCFPの管理・削減に関わる事業環境の変化と求められているCFP管理、その実践の手法とそこで利用する情報基盤などについて解説します。

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 経営指標の1つになった「カーボンフットプリント(CFP)」

経営指標の1つになった
「カーボンフットプリント(CFP)」

ますます本気度と逼迫感が高まる気候変動対策

世界中の国や地域の代表が毎年集い、気候変動の問題について話し合っている「国連気候変動枠組条約締約国会議(通称COP)」。その成果を時系列に沿って俯瞰していくと、ひとつの傾向が見えてきます。カーボンニュートラル達成に向けて、より明確な目標と具体的な対策指針を掲げて、強制力と義務を伴う手段の実践を促し、各国や地域の間で相互検証しながら脱炭素化に取り組む方向へと変わってきていることです。簡単に言い換えれば、脱炭素化の本気度と逼迫感が年々高まってきていると言えます。

2023年にUAEのドバイで開催された「COP28」では、「パリ協定※1」で掲げられた目標の達成に向けて5年ごとに世界全体の進捗状況を評価することになっていた「グローバル・ストックテイク(GST)」が実施されました。そして、現時点までの取り組みによる脱炭素化では、目標としていた成果を上げられていないことが明らかになりました。その結果を受けて、当初目標の達成に向けて、各国や地域の事情を踏まえながら、より確実に成果が得られる取り組みを実践していく方向で各国や地域の政府が合意しています。

※1 2015年にフランスのパリで開催された「COP21」で採択された2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組みです。そこでは、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という目標が掲げられました。

政府レベルでの国際的合意を反映して、企業や一般消費者のレベルでの脱炭素化の取り組みをさらに促すべく、さまざまな施策が行われることになりそうです。政府は、企業や国民に課す義務や権利を定め、行動を誘発させる法制度や仕組みを作り施行する力を持っています。あの手この手の施策が実行されていくことでしょう。

企業の継続的成長に欠かせないCFP

こうした、気候変動問題に関わる世界の動きを背景にして、企業が継続的に成長していくために注目されている指標があります。「カーボンフットプリント(Carbon Footprint of Products:CFP)」です(図1)。

図1 カーボンフットプリントとは

カーボンフットプリントの概念

出所:経済産業省「第1回 サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けたカーボンフットプリントの算定・検証等に関する検討会」

CFPとは、企業の商材である製品やサービスそれぞれにおいて、その原材料の調達から生産、販売、利用、廃棄・再利用に至るまでのライフサイクル全体で排出される温室効果ガス(GreenHouse Gas:GHG)の総排出量のことを指します※2。「炭素の足跡」を意味するその名の通り、ビジネス活動を営むことで、どの位のGHGを足跡として世界に残したのか、定量化して示した値です。自社で扱っている製品やサービスのCFPを定量的に可視化することによって、脱炭素化に向けた企業努力や貢献する商品の購買活動などを促すことを狙った指標だと言えます。

※2 製品やサービスの環境への影響を評価するための一連の手法に「ライフサイクル・アセスメント(LCA:Life Cycle Assessment)」があります。LCAには、原材料採取、原材料の輸送そして製造工程までの環境負荷を評価対象とし、製品の使用や廃棄は考慮しない「Cradle to Gate」と、原材料採取から廃棄までを考慮する「Cradle to Grave」があります。CPFでは、基本的にはCradle to Graveの範囲で評価します。ただし、中間製品などの場合、Cradle to Gateの算定が求められるケースもあります。

CFPは、2007年に、イギリスの食品会社が自社製品に世界で初めて表示し、その後、欧州諸国やアジア諸国の企業において自社製品に表示する動きが広がりました。そして2013年には、国際規格として「ISO/TS 14067:2013(製品のカーボンフットプリント ー算定およびコミュニケーションにかかる要求手法および方針― )」が制定されました。

また日本では、経済産業省などによってCFPを算定・表示した製品やサービスに「CFPマーク」の表示を認める「CFPプログラム」が2009年から行われてきました。現在では、一般社団法人サステナブル経営推進機構が運営する「SuMPO環境ラベルプログラム」として統合、実施されています。

3つの視点からのGHG排出量を統合してCFPを算出

各企業に求められているCFPの算定と開示を進めるうえで、必ず留意しておくべきことがあります。それは、自社のビジネス活動自体で排出するGHGだけでなく、製品の製造から利用、廃棄・リサイクルまでの製品ライフサイクル全体でのGHG排出量を総計して算定することが求められている点です。さらには、事業活動の中で利用した電力などのエネルギーや、製品やサービスに含まれる部品・材料などを生産・輸送する際のサプライチェーン全体でのGHG排出量も加えて算定する必要があります。

GHGの排出量を算定する際の国際的基準として、「GHGプロトコル」があります。この基準は、サプライチェーン全体の組織単位での排出量である「サプライチェーン排出量」を算定する際の基準です。算定された指標は、環境問題の解決に向けた企業の姿勢を示すものであり、近年では、機関投資家や環境格付け機関が開示を求めるなどビジネスを営む上で重要な指標になっています。経済産業省と環境省は、「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン」として、GHGプロトコルを基に、サプライチェーン排出量の算定・開示するための方法論をまとめて公表しています。

CFPの算定では、あくまでも製品やサービスごとに算定することになります。このため算定対象は異なりますが、GHGプロトコルなどで示されている算定時の考え方は共通しています。特に、サプライチェーン上での自社以外が排出するGHG量の扱いに関する定義は、そのまま参照できるものになります。

経済産業省と環境省による基本ガイドラインでは、サプライチェーン上でのGHG排出をスコープ1(Scope1)、スコープ2(Scope2)、スコープ3(Scope3)の3つに分類しています(図2)。

図2 サプライチェーン排出量の考え方

出所:環境省「サプライチェーン排出量 概要資料」
(最終確認:2024年6月4日)

このうち、スコープ3は、製品を生産する際に他社から調達する部品・材料、サービスを提供する際に利用する設備、機器、資材などを生み出し、調達する際に排出された量を算定することになります。近年ではさらなるGHG削減を狙って、スコープ3も含めた算定が求められるようになってきました。一方、スコープ1とスコープ2に関しては、既に報告制度が機能しているため、各企業での排出量算定や削減努力が進んでいます。

他社へのツケ届けは許さない、スコープ3での管理が必須に

CFPの算定、スコープ3を含めた算定では、サプライチェーン上の各社からGHG排出量に関する情報を収集することになるため、かなり大掛かりな情報収集を行う必要があります。各企業で相応の負担が生じることでしょう。それでもスコープ3の組み込みを重視するのには理由があります。

まず、サプライチェーン全体での排出量を使わないと、環境問題の解決に貢献する製品やサービスを選んで購入したいと考える消費者が正しい判断を下せないからです。製品を提供しているメーカー自体が直接排出しているGHGの量が少なかったとしても、その製品に利用されている部品・材料を作る際に莫大な量のGHGを排出していたとすれば、その製品の購入によって排出量増大を助長してしまうことになります。

さらに、自社の製品やサービスのCFPを小さく見せてビジネスを有利に運ぶために、サプライチェーン上の他社にツケ届けをする企業が出てくる可能性もあります。例えば、本来は、本来は自社内で行うべき生産活動を他社に委託すれば、自社でのGHG排出量を削減することができます。GHGの排出量がより多い工程を、サプライヤに押し付ける企業も出てくる可能性があります。こうしたツケ届けは不公正ですし、サプライチェーン全体を俯瞰して見れば、温暖化対策になんら貢献していないことになります。

 なぜ今、あらゆる企業がCFPに注目しているのか

なぜ今、あらゆる企業がCFPに注目しているのか

CFP削減は経営課題、売上・利益に関わる問題に

ひと昔前には、企業にとっての脱炭素化の取り組みは、ビジネスの成長を阻害する面があると思われてきました。なぜならば、工業製品の製造や物流などビジネス活動を行う度合いに比例して、GHGの排出量が増加するものだと思われてきたからです。また、脱炭素化に向けた技術や仕組みを導入する際にも相応のコストが掛かり、企業の利益向上の足かせとなると見られていました。

ところが現在では、企業にとってのCFPの管理・削減に向けた取り組みは、経営課題の1つになったと言えます。CFP削減に向けた取り組みは、脱炭素化の進展と経済的成長の観点から一体化しつつあるからです(図3)。もう少し、詳細に説明したいと思います。

図3 企業がCFPを算定・開示することによるメリット

出所:環境省「カーボンフットプリント ガイドライン」
(最終確認:2024年6月4日)

まず、自社製品のCFPを算定、開示することによって、自社がカーボンニュートラル達成に向けて積極的に取り組んでいることを取引先や消費者にアピールし、ブランディングに活用することができます。

そして海外市場において、取引先などからCFPの開示を求められ、取引条件のひとつとなっている例が増えてきています。これまではCFPの開示は各企業の自主的な取り組みとして行われてきました。ところが、EUに輸出する企業は、2023年10月から、製品のCFPを報告する義務が発生しています。特に蓄電池の領域では、先行して、EU域内で販売・流通・使用されるバッテリーに排出量の上限を設定することを予定しています。ビジネス競争力の維持・強化に向けて、CFPの算定、開示は必要条件となりつつあるのです。

さらに、中長期的視野から見ると、CFPが直接的なコストとなる公算が高まっています。EUでは、2026年〜27年に、CFPに相当する課税額の支払い義務が発生する見通しです。炭素税と呼ばれる同様の税制は、さまざまな国や地域の政府が導入を検討しています。COPにて、脱炭素化の取り組みのさらなる強化が合意されたことから、こうした動きは増加、加速していく可能性が高まっています。さらに、日本も含むいくつかの国においては、消費税をモデルとした炭素消費税の導入の議論と検討が始まっています。

 CFPの算定方法と管理・削減に向けた仕組み

CFPの算定方法と管理・削減に向けた仕組み

各企業がCFPを管理・削減すべきことは

経済産業省と環境省は「カーボンフットプリント ガイドライン」と呼ぶ、各企業でCFPを算定・開示するための政府が定めたルールをガイドラインとしてまとめ、2023年3月に発表しました。同年5月には、算定方法などを解説した「実践ガイド」も公表しました。

本来、CFPを算定する際の排出量データには実測値を用いることが望ましいとされています。ただし、実測値を得るためには、CO2などの排出量を正確に計測・可視化して、サプライチェーン全体で情報共有する仕組みが必要になってきます。現時点ではそうした仕組みが構築されていない、または手間やコストが掛かるため実践できないといった理由から、あらかじめ排出要因ごとの一般的排出量(排出原単位)を定義してまとめたデータベースを参照値として用い、CFPを算定する方法が主流となっています。こうして算定したCFPは、「二次データによるCFP」と呼ばれています。

具体的には、「排出量=活動量×排出原単位」という基本式に基づいて排出要因ごとに計算して合計します。ここで、活動量とは、事業者の活動の規模を示す量であり、電力使用量や取引金額などに注目して推測します。

既に利用可能な二次データとして、いくつかのソースがあります。産業技術総合研究所が開発した「IDEA」では、農林水産や工業製品など4700品目の多様な環境負荷物質を定量化しています。また、スイスの非営利団体のecoinventが開発した「ecoinvent」は、幅広い国や地域の農業、畜産、林業、建設、工業、輸送など幅広いセクターでの1万8000のデータを保有し、原則1年ごとに更新されています。これらはいずれも有償です。無償で利用できるものとして、国立環境研究所が開発した「3EID」があり、ここには産業関連分析に基づく排出量原単位が公開されています。

原単位あたりの環境負荷量の数値を提供するだけでなく、各製品の製造プロセスの入出力データ(単位プロセスデータ)公開による透明性を有し、データ品質も考慮可能なデータベースとなっています。

ただし、実際に実測値(一次データ)を計測し、CPFを算定している企業によると、実測値を基にして算定したCFPの方が参照値よりも排出量が低くなるとする声が多く出ています。また、活動実態を反映した値になるため、継続的な脱炭素化努力の成果を確認することが可能であり、対外的にも透明性の高い値になります。このため、コストや手間を掛けて実測値を収集するメリットは十分あるそうです。政府も、一次データに基づくCFPやサプライチェーン排出量の算定を推進しています。

 最上流でありながら GHG削減が困難な素材業界の取り組み

最上流でありながら GHG削減が困難な素材業界の取り組み

素材産業の脱炭素化は、広範な川下製品のCFPに影響

CPFの算定では、サプライチェーン全体での総排出量が対象になります。ということは、サプライチェーンの川上に位置する企業ほど、CFPの削減に向けて重い責任を負っていると言えます。具体的には、素材産業などが該当します。しかし、こうした素材産業は、数ある産業の中でも脱炭素化が特に困難な産業であるといえます。

例えば、鉄鋼業では、鉄鉱石と化石燃料であるコークスを利用して鋼材を作っています。ここでコークスは、熱源として機能する他に、酸化している鉄を還元するための還元剤となる一酸化炭素(CO)ガスを発生させる原料としても機能しています。熱源としてだけならば電気炉を利用したり、GHGを発生させない他のエネルギー源があるかもしれません。しかし、熱源と還元剤の原料の二つの役割を果たし、同時に高効率に機能している、現在の鉄鋼業で利用される高炉に代わる手段がなかなか見つかりませんでした。

図4 サプライチェーンの川上でCFP削減が難しい製鉄での脱炭素化技術

ただし、水素を原料と還元剤として利用する、水素還元製鉄などの脱炭素化技術の開発が進められており、その実用化に大きな期待がかかっています(図5)。また、一度鉄鋼となって利用されたスクラップを原料にして、電路を使って製品を作り出す方法をより拡大しようとする動きも活発化しています。こちらは、市場から再利用可能な資源を回収して活用する循環型社会の仕組みの確立も併せて推し進める必要があります。同様の事情は化学産業でも抱えており、同様に脱炭素化に向けた代替手段の技術開発が進められています。

 Scope 3への対応には企業間での情報共有基盤が必須

Scope 3への対応には企業間での情報共有基盤が必須

正確なCFPの算定には、サプライチェーン内の各企業の排出量データを収集する必要があります。しかし、サプライチェーンは複雑かつグローバルに広がっています。また、取引のない企業からのデータ収集は困難であり、データ形式にもバラツキがあるなど、収集が困難な状況です。そこで、官民が連携して、こうした課題を解決するためのデータ共有プラットフォームの構築を急ぐ動きが世界中で起きています。

図5 企業間でCFP情報などを共有するドイツ自動車業界の「Catena-X」の仕組み

出所:Catena-X
(最終確認:2024年6月4日)

例えば、EUでは、さまざまな製品のCFPのトレーサビリティを向上させるための仕組みとして「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」と呼ぶ仕組みを開発し、導入を検討しています。製品ごとにDPPを付与し、分散型ネットワークでサプライチェーン全体のデータを収集・管理する仕組みです。また、ドイツの自動車業界は、GHG排出庁などのデータを業界内で共有するため、データ連携を標準化したデータ共有プラットフォーム「Catena-X」を構築しました(図6)。ここには、サプライチェーン上の国内外の企業150社以上が参加しています。日本においても2021年に、電子情報技術産業協会(JEITA)が中心となって、「Green×Digitalコンソーシアム」が設立され、サプライチェーン上での歯逸出料の可視化に向けた実証実験を行いました。

こうしたサプライチェーン内のデータ収集・共有の仕組みは、CFPの算定以外の領域での利用も期待されています。例えば、人権保護、生物多様性、経済安全保障、感染症や災害に対するレジリエンス、地政学的リスクへの対応などの観点からのサステナビリティの実現に欠かせません。

 まとめ

まとめ

CFPの管理・開示・削減は、企業価値を高め、持続的にビジネスを成長させていく上で欠かせない取り組み課題となっています。簡易的な二次データによる算定も可能ですが、整備されつつある情報共有プラットフォームや自社導入するIoTシステムなどを利用した一次データによる算定が、いずれ強く求められる可能性が高いと思われます。他社に先駆けた対応をしていくことで、ビジネス上のアドバンテージを得ることができるかもしれません。

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 執筆者プロフィール

 伊藤 元昭
 富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。
 日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。


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