現場改善から経営改革へと変貌してきた「製造業DX」

「Industry 4.0」や「Society 5.0」などデジタル技術を活用した産業・社会改革のコンセプトが打ち出されて以来、製造業でもデジタル技術による業務改革が進められています。「製造業DX」と呼ばれるこうした取り組みでは、これまでもっぱら、商品のQ(品質)、C(コスト)、D(供給)の改善を目指していました。ところが近年、脱炭素化や循環型社会への対応、コトづくりビジネスへの対応、レジリエンスの確保、トレーサビリティの確立、人手不足対策、技術継承などを目的とした製造業DXの重要性も高まっています。ここでは、いま製造業DXに期待されていること、その実践で利用する技術と取り組み課題、さらに自動車産業や半導体産業での先進的製造業DXの事例について解説します。

東京ビッグサイト、インテックス大阪、ポートメッセなごや、マリンメッセ福岡で開催される「ものづくりワールド」は、スマートファクトリー化を進める企業や情報が一挙に集結する展示会です。その中でも、構成展の一つである「製造業DX展」では、製造現場や工場内でのDXを推進するIT製品やサービスが出展します。

製造業DXに関する情報を得たい方や他企業の事例が気になる方は、ぜひ一度展示会に足を運んでみてはいかがでしょうか。出展希望企業も受け付け中ですので、気になる方はお気軽にお問い合わせください。

 製造業ビジネスのデジタル化「製造業DX」とは

製造業ビジネスのデジタル化「製造業DX」とは

デジタル技術の活用による製造業の業務改善で目指すべきこと

あらゆる業界・業種の企業、さらには各国や地域の政府まで・・・。「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」に取り組む動きが広がっています。開発や製造の現場で日々生まれる多様なデジタルデータを活用し、IoT(Internet of Things)や人工知能(AI)などの高度なICTを駆使した業務プロセスの効率化や価値向上が、ビジネス競争に勝ち抜くための必要不可欠な取り組みになりました。

DXへの取り組みは、製造業においても、いや製造業でこそ多く見られます。これまでの製造業、とりわけ日本企業では、業務改善に向けた取り組みを、属人的な経験、知見、ノウハウなどに頼りがちでした。高度な知識や技能を持つ人材力に支えられたモノづくりの強みに自信を持っていることの裏返しで、金融や小売など他業界や海外の製造業の企業に比べて、業務のデジタル化が遅れていた面がありました。ただし、こうした状況を逆から見れば、日本の製造業には、業務のデジタル化によるビジネス成長の伸び代が大きく残っていると言えるのではないでしょうか。

ここからは、「製造業DX」の意義と、効果的な実践に向けた視点、さらには製造業DXの実践におけるトップランナーである半導体産業や自動車産業での取り組みの様子などを紹介します。

デジタルツールの導入は目的ではない

DXについて論じる際、とかくICTツールの導入に注目が集まりがちです。実際、ICTベンダー各社からは、IoTやAIなどを応用した高度な生産実行システム(MES)や製品情報管理(PDM)システム、製品ライフサイクル管理(PLM)システム、基幹システム(ERP)などが次々と提案されています。こうした最新システムの情報に触れているうちに、ツールの導入が目的化していく流れが出てきてしまうことは理解できます。

DXの実践にはこうしたツールの導入が必須であり、取り組みの起点になるのは確かです。しかし、DXの取り組みは、それだけにとどまるものではありません(図1)。デジタル化を前提にして、業務フローや組織をも改革していくことこそがDXの本筋なのではないでしょうか。データ活用を企業文化として定着させ、新たな価値を持つビジネスを創出し、将来のビジネス環境に適応できる企業へと再創業することが目指すべきDXのゴールであると言えます。

図1 デジタルツール導入はDXの入口、ゴールは企業文化としての定着

出所:筆者が作成

製品ライフサイクル全体をデジタル化し、新たな価値を創出

さらに、製造業におけるDXの対象となる業務は、製品の開発と製造だけではないことに留意する必要があります。デジタルデータの特徴は、部署や地域、時間を超えて同じデータを共有し、それぞれのシーンで有効活用できる点にあります。そして、データから探り出した情報を利用して、開発・生産から販売・アフターサービスまで、製品ライフサイクル全体にわたる業務で新たな価値を持つビジネスを生み出すことが可能です(図2)。

図2 製造業DXの適用領域は、設計や生産だけにとどまらない

出所:経済産業省「2020年版ものづくり白書」
(最終確認:2024年6月4日)

これまで製造業で行われてきた業務改善の活動は、製品の高品質化や生産の効率化、納期の厳守といった、既存ビジネスでのいわゆる「QCD改善」を目的としたものが中心でした。製品ライフサイクル全体を対象にしたDXを実践できれば、高品質な製品を効率よく生産する「モノづくり」型ビジネスモデルから、自社製品の効果的活用や効率的保守を実現するサービスを提供する「コトづくり」型へと展開できる可能性があります。

 製造業が挑む伝統的な改善と、新たに求められる改善

製造業が挑む伝統的な改善と、新たに求められる改善

多様な取り組みテーマの間でのトレードオフを高レベルで対策

現在の日本の製造業は、過去とは比べものにならないほど多くの課題を抱えながらビジネスを行っています(図3)。生産現場においても、よりよい製品を安く、数多く作ることだけに注力していればよい状況にはありません。例えば、カーボンニュートラル達成に向けた脱炭素化の推進や少子高齢化による人手不足への対応など、新たに対応すべき課題が次々と出てきているからです。

図3 製造業が対応すべき課題は増え続けている

また、これら対応すべき課題の中には、単純に解決しようとすると別の課題を深刻化させてしまうトレードオフの関係にあるものがたくさんあります。近年あらゆる業界の製造業で求められるようになった脱炭素化に向けた取り組みを推し進めるために、製造装置の電源をキメ細かく開閉して消費電力の削減を図ったとしましょう。単純に行ってしまうと、停止状態から稼働状態に移る装置の立ち上がりに相応の時間を要してしまい、生産効率が悪化するといったことが起きる可能性があります。多様な課題それぞれに対応しながら、高いレベルで取り組み効果をバランスさせる運用が求められるのです。

こうした多様なパラメータが複雑に絡み合う複合的課題を解決し、その中で製造業の競争力を高めていくようなケースこそ、デジタルツールの活用が効果的になります。IoTを応用すれば、現場に内在している課題解決に向けて注目したいパラメータを可視化して、要所を押さえた改善活動を行うための情報を抽出できます。また、ビッグデータ解析やAIなどを活用すれば、現場から収集した莫大なデータの中に潜む見えにくい傾向を見つけ出し、思いもしなかった解決策が見つかる可能性があります。

困難なQCD改善に製造業DXで挑む

これ以降では、従来の改善活動の延長線上での取り組みと、近年新たに要求されるようになった取り組みのそれぞれについて、具体的にどのような取り組みの切り口があるのか解説します。まず、これまで製造業での改善テーマの中心だったQCD(品質、コスト、納期)のそれぞれにおいても、DXによって対応すべき課題があります(図4)。

図4 DXで解決する、対応困難なQCD改善

出所:筆者が作成

品質向上というテーマの範疇では、原料の品質変動や生産環境の変化に応じて、製品品質を一定以上に高めるために、デジタルツールを利用して生産条件を自動的に最適調整する例が見られます。変動する状態データをIoTで収集し、製造装置の条件を最適化するといったアプローチです。そば打ち名人の中には、そば粉の状態やその日の天候によって水分量やこね方を変えるといった微調整をして品質を保つ人がいるそうです。同様の調整をICTシステムによって自律化できるようになりました。ワークや製造装置に大きな個体差があるケースにおいて、同様の手法を導入して品質を安定化する技術の適用が広がっています。

コスト削減の範疇の中では、多品種少量生産での生産効率向上に向けてDXを推し進める例が増えています。産業機器や電子部品などは、多品種少量生産を効率よく行うために、柔軟な対応ができる人手作業が多く残っている傾向があります。ただし、作業者のスキルなどによって作業量が異なるため、無駄を最小限に抑えた工程間搬送や生産スケジュール策定などが困難です。各作業者の進行状況などをモニタリングしながら、デジタルツールで最適管理するような例が出てきています。

納期短縮という範疇の中では、消費者の要求に応じた仕様の製品を、短時間でカスタム生産するためにデジタル化した生産ラインを活用している例があります。一般に、一品一様の製品をカスタム生産する際には、人手で対応すべき工程が多く、長い納期を想定しておく必要があります。患者一人ひとりの状態に合わせて作成する必要がある歯科矯正用のマウスピースの生産などが代表例です。要求仕様の入力に応じて、生産ライン上の加工機のデータ調整を行うシステムや多様な形状の部品を柔軟に生産できる3Dプリンタを活用し、納期を劇的に短縮している例が出てきています。こうした生産形態は、マスカスタマイゼーションと呼ばれ、「第四次産業革命(Industry 4.0)」で目指す価値ある製造業の形として挙がっているものです。

対応が迫られている新たな改善テーマ

DXの実践による新たな改善テーマも数多くあります(図5)。それぞれについての代表例を紹介します。

図5 DXで解決する、製造業の新たな改善テーマ

出所:筆者が作成

まずは、脱炭素化です。近年、自社の生産活動などだけでなく、製品の部品・材料を作る際にサプライヤーが排出した量も含めて、トータルなCO2排出量の管理・削減が求められるようになってきました。こうした観点から脱炭素化を推し進めるためには、サプライチェーン上の企業間で、排出量に関する情報を共有する必要があります。企業の枠を超えた脱炭素化の取り組みに向けて、情報共有プラットフォームを構築・運用する動きが出てきています。欧州の自動車業界が構築する「Catena-X」がその代表例です。同様の情報共有の仕組みは、循環型社会への対応や有害物質の使用・排出管理などでも必要であり、今後、情報のデジタル化の重要性が高まることが確実な分野です。

また、自然災害や地政学的リスクに強い生産体制を構築するため、サプライチェーンのレジリエンス(強靭性)強化も、近年の重要改善テーマのひとつとしてよく挙がります。コロナ禍に端を発した半導体不足で自動車産業で工場停止が相次いだことは記憶に新しいかと思います。部品・材料の調達に不安が生じたときに、各サプライヤーでの生産・出荷状況をリアルタイムで把握し、代替調達先を迅速に探し出すシステムなどが既に提案され、実用化されています。

さらに、製品のトレーサビリティを確保するための製造業DXも、さまざまな業界で進められています。求められている代表的な業界は、異物混入や食中毒などへの対応が必須になる食品業界と迅速なリコールへの対応が求められる自動車業界です。例えば、かつて異物混入の疑いで消費者離れが発生し、一定期間、工場の操業を全面停止に追い込まれた食品メーカーは、生産ライン中の製品全数の写真データを記録。異物混入が疑われた際に異常の有無を確認できる体制を整えました。RFIDなどデータと個々の製品と生産データを結びつけやすい技術を利用した管理も進みそうです。

人手不足への対応と業務継承を維持できる体制の確立に向けたDXは、特に日本の製造業でよく見られる取り組みテーマです。少子高齢化が進むと、後継者が不在なまま、現場経験が長く豊富な知見と優れたスキルを持つ熟練者がいなくなる可能性があるため、企業にとっては深刻な問題となっています。解決策として、AIを利用して熟練者のスキルを学習し、効率的な設備運用や確実な検査を実施できるシステムを導入するような例が出てきています。

アフターマーケットでの新市場創出も製造業DXの重要テーマです。市場投入後の自社製品を対象にして、ユーザーの利用状況をIoTの仕組みを利用して追跡し、求めているサービスを、最適なタイミングで提案するような利用法です。市場投入後の製品にソフトウエアの追加・更新を行うことで機能を向上させる、スマートフォンや米Teslaのクルマなどが代表例です。

 自動車・半導体産業に見られる先進的な製造業DX

自動車・半導体産業に見られる先進的な製造業DX

自動車産業での取り組み

自動車産業は、極めて多くの部品材料を集め、それらを適宜組み立てて最終製品を完成させています。アセンブリ型製造業の最も高度化した生産を行っている産業であるといえます。ここで導入されたDXの手法は、同じアセンブリ製造業である機械・電子機器などにも適用され、効果を発揮する可能性があります。

現在、自動車産業は、CASE(コネクテッド、自動化、シェアリング & サービス、電動化)トレンドと呼ばれる、クルマのあり方とビジネスを再定義するかのような大変革に取り組んでいます。デジタル化はCASEを推し進めるうえでの大前提であり、先述したDXによる多様な改善テーマは、自動車業界ではすべて網羅して実施されていると言えます。

日本の自動車業界では、後にリーン生産として一般化された無駄を極限まで削ぎ落とす「TPS(Toyota Production System)」と、それを実践するためのカイゼン活動によって国際競争力を醸成してきました。現在では、ここに製造業DXが加味されて、これまで属人的スキルに頼りがちだった生産管理が、デジタル化してきています。これまでは、部品在庫などは極限まで在庫を絞ることが美徳とされていました。ところが、レジリエンスの観点から非常事態が発生した際のサプライチェーンの維持が困難になる事態に直面し、よりスマートに在庫を絞る方向へと変化しています。

半導体産業での取り組み

半導体産業は、ウエハーと呼ばれる原材料を起点として、そこに加工や化学的処理を逐次行うことで製品を完成させています。プロセス型製造業の最も高度化した生産を行っている産業であると言えます。ここで導入されたDXの手法は、同じプロセス製造業である食品・薬品・化粧品などにも適用され、効果を発揮する可能性があります。

約50品種の製品をおよそ2万工程で製造しているある最先端の半導体工場では、製造ライン中の製造装置約5000台からIoTを活用して稼働状況を示すデータを収集。1日当たり約20億件のデータを管理しているそうです。そして、AIなどを活用して、こうした莫大なデータの中から生産性や歩留りの向上につながる貴重な情報を引き出して工程の改善や操業条件の調整を行っています。例えば、製造中のチップに発生する欠陥をAIで解析し、不良原因となった装置を推定できるようにしています。

 現場のカイゼンや経営の改革として根付かせるためには

現場のカイゼンや経営の改革として根付かせるためには

スモールスタートによる適用範囲の逐次拡大が重要

日本の製造業の現場の中には、属人的な知見やスキルをフル活用して、効率的かつ効果的に業務を遂行してきたところが多くあります。そして、そうした人を中心としたものづくりは世界の競合に対する強みとなった成功体験もあります。いかに企業の経営トップや現場担当者がDXを実践する必要性を感じたとしても、単にデジタルツールを導入してその活用を無理強いしたのでは、煩わしく思うだけで本気で使いこなす機運は生まれません。では、どのように取り組めば、円滑なDXの実践と業務改革の現場での定着が進むのでしょうか。

まず、ICTシステムの構築・運用を支援するベンダーの中から、現場の業務に精通して、ツールの導入からその活用の定着まで並走してくれるパートナーとなるベンダーを探すことが重要になります。

また、一度に多くの改善テーマ、広範な適用先を対象にしたDXを進めないことも重要です。スモールスタートして、現場の人たちがDXの実践に馴れ、その効果を実感しながら徐々に拡大していくことが大切になってきます。デジタル化した業務は、属人化したアナログ的な業務に比べて、標準化しているため広範な領域、部署への移転、展開が容易な傾向があります(図6)。このため、スモールスタートして得た成果を自社内に広く展開できる可能性があります。

図6 デジタル化した業務のノウハウは、広く移転・展開しやすい

さらに、スモールスタートして、取り組みを逐次拡大していくことを想定して、導入するICTシステムはクラウドサービスで必要な機能を柔軟に提供してくれるものを選択することも念頭に置いておいた方がよいかもしれません。

 まとめ

まとめ

製造業DXは、製造業の企業にとっては、会社の再創業と言えるような重要な取り組みであると言えます。場合によっては、従来、自社の強みであると考えていた聖域にメスを入れ、ビジネスモデルや自社の訴求点自体を変える改革を推し進めることもあるかもしれません。こうした改革を成功させるために重要なことは、働いている人を置いてきぼりにするのではなく、合意を取りながら、小さな成功体験を積み上げていくことが重要になりそうです。

東京ビッグサイト、インテックス大阪、ポートメッセなごや、マリンメッセ福岡で開催される「ものづくりワールド」は、スマートファクトリー化を進める企業や情報が一挙に集結する展示会です。その中でも、構成展の一つである「製造業DX展」では、製造現場や工場内でのDXを推進するIT製品やサービスが出展します。

製造業DXに関する情報を得たい方や他企業の事例が気になる方は、ぜひ一度展示会に足を運んでみてはいかがでしょうか。出展希望企業も受け付け中ですので、気になる方はお気軽にお問い合わせください。

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 執筆者プロフィール

 伊藤 元昭
 富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。
 日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。


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