利用シーンが拡大した「CAE」、製造業の価値創出ツールに

製造業のビジネスの価値向上に向けて、CAE(コンピュータを活用した技術開発)の効果的な活用が不可欠になっています。その利用シーンも、商品開発での解析から設計へ、さらには商品の市場投入後へと拡大。3D CADを活用した設計が広がり、CAEを有効活用して設計データを解析することで、これまでの開発手法では生み出せない斬新な商品やサービスが続々と生み出されています。ここでは、製造業での価値向上に向けた最新CAEの特徴と、その活用法、効果的活用によって得られるメリットについて解説します。

東京ビッグサイト、インテックス大阪、ポートメッセなごや、マリンメッセ福岡で開催される「ものづくりワールド」は、さまざまな部品や装置、製品の企業が出展し、コストダウンや機能向上に関するアイデアが見つかる場です。

その中でも、構成展の一つである「設計・製造ソリューション展」では、CAD、CAE、ERP、生産管理システムなど製造業向けの最先端ITソリューションを提供する世界中のベンダーが出展します。製品設計や技術開発のヒントになる情報を得たい方、最新のCAE技術の適用事例が気になる方は、ぜひ一度展示会に足を運んでみてはいかがでしょうか。また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。

 製造業での価値創造を支えるツール「CAE」とは

製造業での価値創造を支えるツール「CAE」とは

3D CADの普及と共に広がったCAEの活用

近年、製造業では、製品の開発、製造から販売、アフターサービスまで、さまざまな業務がデジタル化されるようになりました。こうした中、特に製品設計の領域では、コンピュータ上のデジタルデータを利用して意思決定や設計・開発、検証を進めるのが当たり前になりました。

1990年代以降、自動車や産業機器、電気電子製品などを開発するメーカーを中心に、3D CAD(Computer Aided Design)を用いて、設計図をデジタル化した3Dモデルとして描くようになりました。そして同時に、設計した3Dモデルを活用して、製品の機能や特性などを解析・検証する「CAE」と呼ばれる開発手法が導入されていきました。

CAEとは、Computer Aided Engineering(計算機援用工学)の略であり、コンピュータ上で技術計算やシミュレーション、解析など行うことを指します。手間と時間、費用のかかる試作や実験を行うことなく、設計・開発した技術や製品の挙動、状態、特性などを仮想的に再現し、検証する技術です。

CAEは、自動車や電子機器、半導体、化学、素材などの広範な産業領域において、製品開発や基礎技術の研究などに広く活用されています。適用目的や検証対象は極めて多様です。自動車のボディや建築物の強度などを調べる構造解析、飛行中の航空機の空気の流れや射出成型工程での金型に樹脂が流れる様子などを知るための流体解析、スマートフォンなど電波を扱う機器の性能や周辺環境への影響を知るための電磁界解析、カメラなど光学機器の特性を検証するための光学解析など、さまざまなシーンに適用されています。

製品設計や技術開発でCAEを活用するメリットとは

CAEの活用が広がる以前、設計した製品の挙動や特性を検証するためには、試作や実験するしか手立てがありませんでした。もちろん現在でも試作や実験による確認は重要ではありますが、以前は現在よりも多く行う必要があったのです。実物を利用した検証に代えてCAEを活用可能になったことで、以下のような多くのメリットが得られるようになりました(図1)。

図1 CAEの活用によって得られるメリット

出所:筆者が作成

試作や実験に費やすコストの削減や製品の品質向上

1番目のメリットは、試作や実験に費やすコストの削減や製品の品質向上です。商品設計での試作や生産技術の開発での実験を実施するには、相応のコストが必要になります。高品質な製品を設計するために、何度も試作や実験を繰り返して製品設計を磨けば、莫大なコストが掛かります。このため、設計や開発での試行錯誤の回数は、現実的な範囲に限定されていました。CAEを活用して試作や実験の回数を削減することで、限られたコストで、より多くの可能性を検証できるようになりました。

設計・開発の期間短縮

2番目のメリットは、設計・開発の期間短縮です。試作・実験は、開発プロセスの後半で行われることになります(図2)。このため、試作・実験した結果、コンセプトづくりや設計の段階に戻って修正すべき不具合が見つかると、大きな手戻りとなり、改善に長い時間を要します。CAEを活用すれば、コンセプトづくりや設計といった開発初期の段階で仕様や構造などを確実に固め、手戻りを最少化した開発が可能になります。

図2 CAEを活用して手間と時間の掛かる手戻りの繰返しを最少化

出所:筆者が作成

実際には試せない状況などでの検証

3番目のメリットは、実際には試せないような状況や観察できない環境、冒険的な条件を想定して検証できることです。例えば、数千℃の環境下や宇宙や深海などの環境下で起こる現象を試そうとする場合、実物を使った検証は困難です。また、一般道を走る自動運転車の安全性を検証などでは、検証で想定すべきシーンが多すぎる場合や、子どもが突然飛び出してくるといったリアルな検証ができない状況もあります。リチウムイオン電池の内部で起きている化学反応の検証のように、実物を分解して検証しようとすると環境の条件が変わってしまい事実上実測できない場合もあります。こうしたケースでは、CAEによる検証が不可欠になります。

デジタルトランスフォーメーション(DX)の効果が得られる

4番目のメリットは、いわゆるデジタルトランスフォーメーション(DX)の効果が得られることです。例えば、CAEによる検証は、検証の方法論や条件、結果などをデジタルデータの形で共有、保存できます。従来の試作・実験に基づく検証は、属人的な知見、スキル、センスによって得られる成果の質が決まる面があります。CAEを活用すれば、こうした属人的側面がなくなり、解析の技術やノウハウを資産化して再利用することが可能です。このため、技術継承が容易で、企業としての技術力の向上効率が高まります。さらにCAEならば、遠隔地にいる複数のエンジニアが、同じモデルを共有しながら容易に共同検証できるようにもなります。

これまでのCAEの進化と、これからCAEに求められること

これまでのCAEは、現実世界で起きている現象を、より高精度に再現することを目指して進化してきました。コンピュータ上で解析して得た結果が現実とかけ離れてしまったら試作や実験を代替できませんから当然な取り組みだったと言えます。解析精度の向上に向けて、3Dモデルの高精度化、解析法の高度化と使い分け、使用する物理法則の設定、境界条件の定義、ソルバーと呼ばれる解析計算を実行する際のソフトウエアの高度化などが進みました。

ところが近年、高精度化とは別の切り口からのCAEの進化が求められるようになりました。利用者、利用シーン、解析対象の規模、扱う現象などを拡大するための進化が必要とされてきているのです。そして、各CAEベンダーは、こうした時代の要請に応えるツールやサービスを続々と市場投入するようになりました。ここからは、なぜ今、CAEの利用技術の進化への期待が変わってきているのか、そしてどのような技術の進化が見られているのか、さらにCAEのさらなる進化によって製造業はどのように変わっていくのか解説していきます。

 製造業DXの中核ツールとなったCAE

製造業DXの中核ツールとなったCAE

従来のCAE活用で抱えていた最大の問題点とは

これまでのCAEは、その活用効果を得るうえで、極めて大きな課題を抱えていました。

CAEを活用して得た解析結果は、設計者などが開発指針の策定や改善の方向性を探るために利用します。となれば、本来は設計者自身が使いこなす意思決定支援ツールであるべきはずです。ところが、解析精度の向上を重視して進化させてきた過去のCAEは、利用者に高い技術的専門性を求める使いこなしが困難なツールだったのです。設計した製品の3DモデルをそのままCAEで解析することはできず、CAEツールの仕様と解析の目的に合わせてデータに作り変える必要がある場合がほとんどでした。設計者が利用するCADの付加機能のひとつとして用意されたCAEツールもありましたが、その機能と性能は限定的で、実用的な意思決定支援ツールとしての利用は困難でした。

図3 CAEによる解析には専門的技術が必要だったため、解析専門部門に委託していた

出所:筆者が作成

このため、商品設計にCAEを活用してきた企業の中には、設計部門とは別に、CAE解析専門の部署を設置していたところが多かったのではないでしょうか(図3)。設計後の3Dモデルを解析部門へと渡し、解析部門で解析用モデルの作成や解析条件の策定などを進めて、解析を実行。そして、解析後の結果をまとめて設計部門に報告するまで数週間や数カ月を要するといった場合もあったようです。また、そもそも解析専門の部署を設置する余裕のない中小企業は、CAEを使いこなせないため、その有用性はわかっていても活用に踏み切れなかったという状況でした。

解析専門家向けツールから設計者のツールへと変貌

こうした問題点は、現在では徐々に解決しつつあります。現在のCAEツールは、ある程度の性能を持つパソコンならば動作可能で、気軽に活用できるツールへと変化してきたからです。また、設計者が利用するCADなどとの連携が密になり、設計・開発と解析の業務の融合を推し進め、設計者が試行錯誤するために円滑に活用できるようにもなりました。

では、設計者の利用を想定したCAEとは、具体的にはどのような特徴を備えているCAEなのでしょうか。最大の進化のポイントは、解析に関する専門的知識がなくても、最小限の手間と時間で使いこなせるツールになってきている点です。

CAEを利用した解析では、事前に解析用モデルを作成し、解析条件を設定しておく必要があります。こうした作業は、利用者である設計者にとっては、直接付加価値を生まない煩わしい作業となります。近年のCAEでは、設計した3Dモデルを元にして、解析精度を高めたり、解析時間を短縮したりできる解析用モデルへと自動変換する機能を備える方向へと進化しつつあります。

完成後の製品の機能・性能・問題点を設計段階で洗い出す

設計者がCAEを気軽に利用できるようになってきたことで、自動車産業などを中心に導入されるようになった「モデルベース開発(MBD:Model Based Development)」の適用効果を向上させるうえで、重要な役割を果たすようになりました。

MBDとは、設計の初期段階から製品のシステム全体をモデル化し、抽象的な機能や性能、大まかな構造を始点として、CAEでシミュレーションを繰り返しながら、設計の妥当性を検証しながら詳細な設計データへと具体化していく設計手法のことです。設計すべきもの対象の中には、設計工程が進み詳細化した後でないと設計できないものもあります。ただし、こうした設計対象であっても、設計の自由度が高い初期にできれば、問題点を早期に発見し、後工程での手戻りによるムダの少ない、効果的な品質向上やコスト削減が実現できます。そこで、設計対象物以外の設計要素の特性や挙動などをCAEでシミュレーションしておけば、設計を前倒しできるようになります。こうした設計手法は、フロントローディング設計と呼ばれています(図4)。

図4 フロントローディング設計の効果

(左)品質・コストに与える影響、(右)作業負荷に与える影響

出所:経済産業省「2020年版ものづくり白書」
(最終確認:2024年6月4日)

製品形状を描いた3Dモデルに、CAEによる解析で得た機能や性能のシミュレーション結果を組み合わせ、さらにデジタル化した制御アルゴリズムを付加することで、最終製品と全く同じ形状、機能、性能のコンピュータモデルを作ることができるようになりました。こうしたモデルを活用すれば、試作・実験をさらに削減し、完成度の高い製品を早期市場投入が可能になります。

 市場投入後のサービス開発でもCAE活用は必須

市場投入後のサービス開発でもCAE活用は必須

市場投入後の商品の価値向上にも貢献

これまで製造業では、主に市場投入前の製品の価値を向上させるためにCAEを活用していました。これからは、市場投入後も含めた製品ライフサイクル全体の価値向上を支える役割も担うことになる可能性があります。

製造業の企業の中には、製品の売り切りビジネスから、市場投入後の自社製品を対象にしたサービス提供ビジネスへの脱皮を目指すところが増えてきました。そして、自社製品を利用する消費者に、最適なタイミングで価値あるサービスを提供するための仕組みに、「デジタルツイン」と呼ばれる技術の活用を考えている企業が増えています。こうした製造業のビジネスイノベーションを推し進める際には、CAEの活用が欠かせません。

デジタルツインとは、市場投入後の製品に取り付けたIoTセンサーから利用状況や状態を知るためのデータを収集し、これを製品と同一の形状、機能、性能のコンピュータモデルに入力することで、実物と同じ挙動・状態の仮想的な製品をコンピュータ上に作り出す技術のことです(図5)。製品を販売したメーカーは、ユーザーが利用している製品の状況・状態をリアルタイムで把握できるため、ユーザーが求めている可能性の高いサービスをタイムリーに提案可能になります。例えば、製品が故障しそうな時期を予測し、事前にメンテナンスサービスを提案するといったことが可能になります。

図5 デジタルツインを活用して高付加価値サービスを提供

(左)デジタルツインの概念、(右)活用例(航空機のエンジン保守の場合)

出所:総務省「情報通信白書for Kids」
(最終確認:2024年6月4日)

ただし、デジタルツインを構築・運用するためには、知りたい情報を得られるセンサーを十分な数だけ製品中に設置しておく必要があります。これは簡単なことではありません。そこで、CAEを活用し、収集可能な情報を基にシミュレーションによって現実世界から得られない情報を算出し、補完する方法が提案されています。例えば、電気自動車(EV)のバッテリーの充放電状況などのデータをセンサーで収集し、それを利用してCAEによって各セルの蓄電量や劣化状態を推定、その上でAIを活用して寿命や故障を予測するといった利用法です。

近未来の自動車「SDV」を支えるCAE

自動車業界では、「ソフトウエア定義型車両(Software Defined Vehicle:SDV)」と呼ばれる、新たなクルマのあり方を実現するための技術とビジネスの開発が進められています。SDVとは、スマートフォンのように、ユーザーが機器を購入した後にもソフトウエアを追加・更新することで、機能向上や不具合の改善などが可能なクルマのことです。

SDVに向けた仕組み作りとその運用では、CAEの効果的な活用が極めて重要になります。SDVでは、クルマの機能や制御の仕組みの多くをソフトウエア化していくことになります。追加・更新用ソフトウエアを配布する前には、デジタル化した車両モデルやデジタルツインなどを利用して十分な検証をすることになります。その際、CAEを活用することで、市場投入後の環境や利用シーンを再現しながら、精度の高い機能・性能検証が可能になります。

 ビジネスの価値を高めるCAEが備えるべき機能とは

ビジネスの価値を高めるCAEが備えるべき機能とは

解析対象が部分から全体へと拡大

これからのCAEは、どのような方向へと進化していくのでしょうか。いくつかキーワードを挙げながら、その方向性を紹介したいと思います。

まず、解析対象を、単一の部品から、より複雑で大規模なシステムへと大規模化していく方向へと進化しそうです。

自動車や電子機器など多くの工業製品は、基本的にシステムの複雑さと規模が大きくなる方向へと進化しています。先述した、MBDを実践する中で活用するデジタルモデルや、そこに実物から収集したデータを盛り込んだデジタルツインを作り利用するためには、最終製品全体のシステムをカバーする、より複雑で大きな解析対象を扱うことができるCAEツールの利用が求められてきます。

複合的な現象を解析するマルチフィジックス

また、複数の物理・化学現象を複合的に扱うマルチフィジックス(連成)解析を可能にする方向へと進化する潮流もあります。

一般に、CAEのソルバーは、力学や電磁気学、光学など特定の現象についての物理や化学の法則を適用して、対象物で起きる現象を解析しています。しかし、現実世界にあるモノは、たった1つの現象によって、その挙動や状態が決まるわけではありません。複数の現象の影響が複合的に絡み合って決まるため、現実世界で起きることを忠実に再現しようとすると、必然的にマルチフィジックス解析をする必要が出てきます。例えば、構造と伝熱、電流などの現象を複合的に扱わないと解析できない、溶接のような解析対象ではマルチフィジックス解析が必須になります。

また、近年では大きさの異なる対象物それぞれで起きる現象を複合的に扱う、マルチスケール解析と呼ぶ解析手法に対応する方向へと進化する潮流も見られます。

例えば、炭素繊維複合材料(CFRP)で作った部品の力学的性質を解析する場合などでは、材料自体のミクロな構造が複雑かつ異方性の特性を持っています。このため、部品全体の挙動を把握するためには、先ずミクロ構造の材料特性を把握し、そのうえで部品全体のマクロな力学的特性を解析する必要があります。

解析結果を基にした設計の最適化・自動化

さらに、CAEによって対象物の挙動や状態を解析して終わりにするのではなく、最適化のアルゴリズムやAIを導入して、設計データのどの部分をどのように改善すれば目標に近づけることができるのか、示唆する情報を提供してくれる機能を持つCAEも増えてきています。その延長線上で、設計データを自動的に最適化して修正したり、さらに踏み込んで設計自体を自動化したりするものもあります。

 まとめ

まとめ

CAEは、設計から製造、販売、保守、廃棄・再利用まで、製造業での製品ライフサイクル全体で価値あるビジネスを展開していくために、ますます欠かせないツールになりそうです。設計者が利用しやすいCAEツールが登場してきたように、これからはより多くの関係者が、さまざまなビジネスシーンで利用できるツールへと進化していくことでしょう。CAEの進化とその活用による製造業の価値向上は、製造業に携わるあらゆる立場、部署の人が自分ごととして関心を向けるべきことになりつつあります。

東京ビッグサイト、インテックス大阪、ポートメッセなごや、マリンメッセ福岡で開催される「ものづくりワールド」は、さまざまな部品や装置、製品の企業が出展し、コストダウンや機能向上に関するアイデアが見つかる場です。

その中でも、構成展の一つである「設計・製造ソリューション展」では、CAD、CAE、ERP、生産管理システムなど製造業向けの最先端ITソリューションを提供する世界中のベンダーが出展します。製品設計や技術開発のヒントになる情報を得たい方、最新のCAE技術の適用事例が気になる方は、ぜひ一度展示会に足を運んでみてはいかがでしょうか。また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。

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 執筆者プロフィール

 伊藤 元昭
 富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。
 日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。


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