成功体験の焼き直しでは勝てない、
日本の製造業の課題と勝ち筋
自社の強い技術を駆使して高性能・高品質な製品を作りさえすれば競争力の高いビジネスを展開できる――。もはや、製造業はそんな時代ではなくなりました。また、かつての日本の強みであった質の高い人材力と現場力に頼るだけでは、効率化と価値向上の両面で海外の競合に対抗できなくなりつつあります。日本ほど高レベルな技術を広範な分野で保有している国は、片手で余るほどしかないと言えるでしょう。また、日本製品の性能と品質に対する世界の消費者の信頼感と期待感は依然として高いままです。その一方で、将来も強い製造業であり続けるためには、解決すべき複合的課題があるのも事実ではないでしょうか。かつての成功体験が、将来の成長を阻む足かせになる可能性さえあります。ビジネス環境の変化に順応し、かつての強みが弱みとなることなく、むしろ強みを拡張・拡大していくためにはどうしたらよいのでしょうか。現在多方面で指摘されている日本の製造業が抱えている課題とその解決に向けた筋道について整理し、解説します。
RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。IT、DX製品、部品、設備、装置、計測製品などが出展し、製造業の設計開発、製造、生産技術、情報システム部門の第一線で活躍する方々が集います。開発・製造期間の短縮、DX・IT化の推進、コストダウン、脱炭素、工場の省エネ・自動化など製造業の課題を解決するアイデアが見つかる絶好の場となります。
展示会場では、製造業の最先端事例や設計開発の最前線の話題が学べる併催セミナーも開催しています。また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。
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成功体験に囚われた製造業では、世界の競合に勝てない
成功体験に囚われた製造業では、世界の競合に勝てない
モノづくりに誇りと成功体験を持つ日本企業
日本は、世界から「製造業大国」であるとみなされています。自動車や家電製品が世界を席巻していた1980年代はもとより、新興国の競争力が高まった現在でも変わらず、“Made in Japan”は世界の消費者にとって信頼のブランドであると言えます。実際、日本の製造業各社は現在も、優れた品質と性能の工業製品を、高い生産性で生み出し続けています。
図1 “Made in Japan”は世界の消費者にとって信頼のブランド
これまで日本の製造業各社は、「高品質・高性能な製品を作れば、必ず売れるはず」という信念を持って、ひたむきに製品の開発や生産に取り組んできました。確かに高品質・高性能であることは、高い市場競争力を持つ製品の“必要条件”の1つであり続けています。ただし、製造業を取り巻くビジネス環境が大きく変化し、単に高品質・高性能というだけで、売れる製品の“十分条件”を満たせなくなってきています。
ビジネス的成功なくして、競争力は維持できない
いかに優れた技術を持つ企業であっても、ビジネス的な成功なくして、競争力を維持・強化していくことはできません。日本の製造業の中には、自動車や部品・素材、産業機器のように、依然としてビジネス面で高い国際競争力を持つ分野が複数あります。その一方で、半導体や電子・情報通信機器、家電製品のように、世界市場は伸びていても日本企業の存在感が薄くなってしまった分野も多くあります。
経済産業省が「2023年版 ものづくり白書」の中で示したデータによると、日本の工業製品のうち、売上高1兆円以上の製品は18個あります(図2)。さらに売り上げこそ少ないのですが、世界シェア60%以上の品目は220個もあります。ただし、10兆円を超える品目は自動車だけです。一方、米国では、製造業の衰退が指摘されながらも、売り上げ1兆円以上の品目が33個あり、10兆円を超えるものも4品目あります。
図2 日本の製造業のビジネス面での競争力
(左)主要品目における日系企業の売上高・世界シェア(2020年)、(右)主要品目における米国企業の売上高・世界シェア(2020年)
出所:経済産業省が発行した「2023年版 ものづくり白書」
もちろん、すべての産業分野で国際競争力を高いレベルで維持すことは困難であると思われます。しかし、現代の製造業は、さらなる成長に向けて分野を超えた連携が求められる例が多くなり、自国内に有力なパートナー企業があることの重要性が高まっています。また、現時点で競争力を維持できている分野も、ビジネス環境の変化で状況が一変する可能性もあります。
日本国内の製造業は、国内の雇用の約2割、GDPの約ここでは、現在の日本の製造業を取り巻く状況を整理した上で、抱えている課題について考えます。そして、ビジネス環境の変化によって、かつての「成功体験」が弱みに転じることなく、むしろ強みを拡張・拡大していくための方策について洞察したいと思います。
モノづくりで巨大な成功体験を持つ日本企業
19世紀を代表するドイツの政治家ビスマルクは、「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と語りました。
世界史や日本史での出来事を紐解くと、強大な力を誇っていた国や人物が没落していく理由には一定のパターンがあると言えます。過去の成功体験を尺度にして現実に起きている時代の変化を量りきれず、過去の環境に最適化された常識・仕組み・スキルに固執して新時代に最適化した新勢力に敗れる、というものです。成功体験が巨大であればあるほど、常識・仕組み・スキルが強固であればあるほど、時代の変化で生まれる罠に嵌まりやすくなります。
日本の製造業には、誇るべき巨大な成功体験があります。成功体験を感じるポイントを整理し、それらの価値が現在のビジネス環境の中でどのように変化しているのか、少し引いた見地から検証してみます。異論を感じる方もいるかもしれませんが、筆者なりの見方だと考えていただければと思います。
時代や社会環境の変化で顕在化する新たな課題
時代や社会環境の変化で顕在化する新たな課題
高度経済成長期に、高品質・大量生産での強みを醸成
冒頭で挙げた日本の製造業が誇る「高品質・高性能な製品の大量生産」は成功体験の典型だと言えるでしょう。この成功体験は、戦後の日本が復興して行く中で、大衆が明るい新時代の到来を感じられる家電製品などでの新製品、それまで裕福な人しか買えなかった自動車のような製品を求めていく中で醸成された体験なのかもしれません。
こうした時代の要請に応える高品質な製品を大量生産するための技術の確立は、精緻に物事を洞察する習慣を持ち、なおかつ勤勉な国民性を素地として、ひたすら技術の高度化に取り組んできた日本の製造業だからこそ実現できたのだと思います。そして、日本の大衆が求めていた製品は、世界市場が求めていたものであったため、世界へと広がっていきました。
ソフトに価値が宿る時代、日本の強みは通用するか
では、高品質な製品を大量生産する技術の強みは、現在の製品価値につながっているのでしょうか。現時点での日本の製造業の中で、世界市場での強みを維持できている分野と、世界市場での存在感が薄い分野の典型を挙げると、一定の傾向があるように見えます。
図3 テレビでは、デジタル化し、ソフトが差異化要因になって競争力を喪失
出所:筆者が作成
総じて言えば、自動車、素材、産業機器などハードウェアにより多くの価値が宿る製品では強く、IT機器などソフトウェアに宿る製品では弱いと言えそうです。ソフトは高品質・高性能であることは重要ですが、そこで大量生産する強みは発揮できません。理解しやすいのがテレビなど黒物家電です(図3)。黒物家電は1990年代から2000年代に掛けてデジタル化し、機能がソフトで実現されるようになって以降、急激に競争力を失って行きました。デジタル化した家電製品はハードが標準ボード化して行き、ソフト面と意匠デザイン、そしてコぼストが差異化要因になっていきました。日本企業が得意なハードの技術競争が無効化されてしまった面があります。
現在、日本企業の競争力が高い自動車や産業機器の分野でも、徐々にデジタル化とソフトによる価値創出が広がっています。デジタル家電で競争力を失っていった過去から何を学ぶかが問われそうです。
QCDの改善は大前提、さらに多様な課題への対応が迫られる
QCDの改善は大前提、さらに多様な課題への対応が迫られる
無駄の排除でQCD向上、ただし製品価値が別角度に多様化
また、「無駄を徹底排除したQCDの向上」も大きな成功体験であると言えそうです。単に大量生産できる体制を確立するだけでなく、市場での競争力の高い製品を作るためには、QCD向上が不可欠になります。そして、製品価値の創出に寄与しない製造工程中の作業や製品中の部品・材料があれば、コスト増大を招くことは明らかです。さらに無駄な部分が多ければ、そこが原因となって品質低下が起きる可能性が高まり、無駄な作業が入れば納期が伸びることにもつながることでしょう。
日本の製造業では、開発部門においても、生産部門においても、無駄の排除が徹底しています。例えば、電子機器などの開発では、手間を掛けて、回路規模の縮小や部品点数の削減などを進めます。さらに、生産部門においても、日々のカイゼン活動などを通じて無駄な作業や部品・仕掛品の在庫などを削って、QCDの改善に務めます。そして、無駄を排除する際の方法論を体系化した「トヨタ生産方式(TPS)」をはじめとするこうした取り組みは、確実に、国際競争力を高める効果があったと思われます。
ただし、現在の市場環境を鑑みると、QCDとは別の観点からの製品作りも求められるようになった点が以前とは異なってきています。
例えば、生産過程での脱炭素化が求められ、消費者や顧客企業が、生産過程でのCO2排出量が少ない、または排出量を削減する努力をしている企業の製品を選ぶようになりました。そして、極論を言えば、QCDの見地からは無駄に見える脱炭素化工程や対策部品を導入した方が、価値ある製品として受け入れられるようになってきています。
同様に、工業製品の部品や装置などの生産活動に不可欠なサプライ品では、非常事態が発生しても安定供給可能なレジリエンス(強靭さ)の対策がされた製品の価値も高まっています。今後は、人権に配慮した原料調達や生産体制で作られた製品や生物多様性に配慮された製品、循環型社会への適応に向けたリサイクル可能な部分が多い製品などが選ばれる可能性があります。
これからもQCDの向上は変わらず求められ続けることでしょう。ただし、これからの日本の製造業は、無駄を排除する際には、QCDを追求するだけでなく、多角的価値を念頭に置いた価値創出を進めていく必要がありそうです。
無駄の排除でQCD向上、ただし製品価値指標が別次元へと拡大
さらに、「人材力・現場力による強い現場の構築」も誇るべき日本の製造業の強みと感じているのではないでしょうか。
日本は教育水準が高く、厳格な道徳観を持つ、「人材力」に恵まれた国です(図4)。開発現場においても、生産現場においても、その道の“権威”や“匠”と呼ばれるような高度人材がいるものです。しかも、いわゆる「報・連・相」やカイゼン活動など、人材同士の密な連携を基にした高い「現場力」が醸成されています。こうした現場力は、たとえ製品の設計に多少の問題があったとしても、生産現場側の工夫で上手に調整して柔軟に量産できるようにしてしまうほどの対応力があります。
図4 日本の優れた「人材力」と「現場力」は強みであることは確かだが
出所:筆者が作成
これまで日本の製造業は、強い人材力と現場力があることを大前提にして、モノづくりの体制を整備してきました。ところが、現在、こうした日本の製造業の強みを目減りさせる環境の変化が大きく3つ起きています。
1つ目は、少子化による人材不足です。製造業の企業の強みが、すなわち人材の知見やスキルの高さに依存しており、特に製品の価値を決定づけるような開発や、生産ラインの効果的かつ効率的な操業に向けた工程管理など、高度な業務は属人的能力に頼りがちです。人材不足で技能継承できなければ、企業自体が沈む可能性があります。
2つ目は、価値ある製品を作るために、自動車や電気製品、半導体、ITなど、業界の壁を超えた技術の融合が求められる技術革新が求められる例が増えてきていることです。特定業界の人材が培ってきた知見・スキルの経済価値が目減りしたり、場合によっては不要になったりする可能性が出てきています。人材力を生かして、強みを維持・強化するためには、人材の流動性を高めて、知見やスキルを業界間で融通できるようにする必要性に迫られています。
3つ目は、AIやIoT、クラウドなどICT技術やロボット技術が発達したことで、人材力や現場力に相当する強みをシステム化できるようになったことです。人材が長期間にわたる実務経験を通じて獲得した専門性の高い知見やスキルを、IoTで現場から収集したデータをAIが学習し、ロボットで状況に応じて柔軟対応できるようになってきました。むしろ、属人的な知見やスキルが必要な業務をなるべく最小限に抑えることが求められるようになってきています。
製造業のあり方自体を再定義、“コトづくりビジネス”の威力
製造業のあり方自体を再定義、“コトづくりビジネス”の威力
“モノづくりからコトづくりへ”、ビジネスモデルの拡張
現状、さまざまな課題を抱えている日本の製造業ですがが、まったく別の切り口からの対応すべき課題も顕在化してきています。工業製品であるモノを提供する“モノづくり”ビジネスから、より付加価値と収益率の高いサービスを提供していく“コトづくり”への、製造業のビジネスモデル革新です。既に、海外の製造業企業の中には、製造業をサービス業化して飛躍的な成長に成功し、業界構造を変えてしまうほどのインパクトを生み出したところが出てきています。
モノづくりからコトづくりへとビジネスモデルを革新することで大成功した例は、意外と古くからあります。そして、成功例の中には既存他社を駆逐してしまうほど強大な存在感を放つ企業へと成長している例も多く見られます。典型的な先駆的取り組み2例挙げ、同様のアプローチでのコトづくりビジネスにトライしている企業も併せて紹介したいと思います。
システムプラットフォームで展開するコトづくり
最初に紹介するのはAppleです。同社は、2001年に市場投入した携帯型デジタル音楽プレイヤー「iPod」で、本格的にサービスビジネスに参入し、現在のスマートフォン「iPhone」関連ビジネスへと発展させていきました。同社のビジネスモデルは、魅力的な自社端末の普及と、端末で利用するアプリを開発・販売する仕組みのオープン化を同時並行的に進め、獲得した大量の端末ユーザーが使う有料アプリやアプリ内課金の売り上げから30%の手数料を得るというものです。
Appleと同様に、ハードとソフトを擦り合わせ開発して、ソフトのオープン化を起点として成功を掴んだ例に、現在AI用半導体で世界を席巻しているNVIDEAがあります。同社は、自社半導体上で動作するソフトの独自開発環境「CUDA」を無料配布。それを多くのAI研究者が好んで利用したため、現在、GPUビジネスで圧倒的に有利なポジションを獲得しました。
表面上ではモノを作る製造業そのもののように見えて、その本質はサービス業として成功している企業もあります。その代表例が、半導体チップの製造を請け負うファウンドリビジネスを展開しているTSMCです。同社では、自社開発したチップは製造しておらず、他社開発したチップの製造に徹するビジネスモデルを取っています。製造に特化しているわけですから、モノづくりそのものに見えますが、実は同社が提供する価値の中心はサービスにあります。
同社の収益源はチップの製造料です。しかし、単に設計した半導体チップの製造を請け負うことをアピールしただけでは顧客は集まりません。なぜならば、半導体チップを量産可能なかたちで設計するためには、製造工程やチップ上のトランジスタ、配線の構造などに関する情報を考慮して設計する必要があるからです。
TSMCは、一般的な半導体メーカーの機密情報だった、自社の製造工程や素子構造などの情報を規格化し「PDK(Process Design kit)」としてオープン化しました。さらに、チップの設計と量産立ち上げの期間を短縮するため、設計技術やツールを提供するサプライヤを組織化して必要な情報を体系化して提供する仕組みも構築。加えて、製造歩留まりの高いチップ設計を請け負うデザインセンターも設置しています。
現在、日本では最先端半導体の製造を請け負う新会社であるラピダスが、事業立ち上げに向けて取り組んでいます。同社は、TSMCと同業とみなされることが多いのですが、最先端技術で大量・安価に製造する役割を追求しているTSMCとは別の、いち早く短TATでチップを製造するTSMCとは違う提供価値を訴求するサービスビジネスを提供するのだと言います。
一般に、日本の製造業の多くは、自社開発した技術や製品をオープン化することを嫌う傾向があります。モノづくりビジネスを中心に考えれば、それも正解かもしれません。しかし、ビジネス上の大きな飛躍を目指すのならば、オープン化する部分を設定し、自社ビジネスをスケールする仕掛けが必要になるかもしれません。
まとめ
まとめ
現在、多くの新興国において、製造業を発展させる政策・取り組みが進められています。これから新たな製造業大国として頭角を現してくるところも出てくることでしょう。こうした中、日本の製造業では、一度競争力を失った分野を再興したり、海外に移転した工場を呼び戻したりする動きも出てきています。
世界の製造業を取り巻く環境は確実に変化しています。かつて成功した手法をそのまま繰り返したのでは、こうした動きを成功させることはできないことは確実なのではないでしょうか。一度、過去の成功体験は横において、現在の強みと課題を棚卸しし、時代の要請に応える戦略・戦術・施策を策定し、実施することが大切になりそうです。
RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。IT、DX製品、部品、設備、装置、計測製品などが出展し、製造業の設計開発、製造、生産技術、情報システム部門の第一線で活躍する方々が集います。開発・製造期間の短縮、DX・IT化の推進、コストダウン、脱炭素、工場の省エネ・自動化など製造業の課題を解決するアイデアが見つかる絶好の場となります。
展示会場では、製造業の最先端事例や設計開発の最前線の話題が学べる併催セミナーも開催しています。また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。
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執筆者プロフィール
伊藤 元昭
富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。
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