製造業の競争力を高める
「コンカレントエンジニアリング」

自動車やICTシステム、産業プラントなどの多様な工業製品において、システムの規模増大と導入技術の高度化が進んでいます。これらの製品の設計・開発では、対象となる大規模システムを細分化し、それぞれに担当部署を割り当てて分担開発する大型プロジェクトとして進められることが一般的です。ただし、こうした大規模システムを高品質・低コスト・迅速に開発することは簡単ではありません。多様化する開発業務の連携が難しいからです。概念設計から段階的に詳細化していく縦の開発の流れを円滑に進めるのと同時に、細分化した個々のシステム要素の開発担当部署同士で密に連携しながら擦り合わせる横の連携も重要になってきます。こうした製品開発を取り巻く環境の変化を受けて、段階的な開発や、細分化した開発部署の業務をなるべく多く同時並行的に進める「コンカレントエンジニアリング(CE)」を実践できる開発体制の構築が求められるようになりました。さらに近年、設計・開発業務のデジタル化が進展し、部署を超えた開発情報の共有と業務執行の連携を支援する仕組みが利用できるようになり、その動きは加速しています。ここでは、設計・開発業務の「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の中でのCEの効果や具体的な方法論などを紹介します。

RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。IT、DX製品、部品、設備、装置、計測製品などが出展し、製造業の設計開発、製造、生産技術、情報システム部門の第一線で活躍する方々が集います。開発・製造期間の短縮、DX・IT化の推進、コストダウン、脱炭素、工場の省エネ・自動化など製造業の課題を解決するアイデアが見つかる絶好の場となります。

展示会場では、製造業の最先端事例や設計開発の最前線の話題が学べる併催セミナーも開催しています。また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。

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 開発期間を劇的に短縮する「コンカレントエンジニアリング」とは

開発期間を劇的に短縮する「コンカレントエンジニアリング」とは

大規模化・複雑化・高度化する製品開発

電子機器や自動車など、多様な技術や部品を組み合わせて構成する工業製品では、製品の進化に伴って、システム全体の構成と構成要素が大規模化、複雑化、高度化していく傾向があります(図1)。

図1 あらゆる産業領域で開発対象のシステムが大規模化・複雑化・高度化し、開発現場での対処が困難になってきた

例えば、システム規模が大きな工業製品の代表例である自動車は、約3万点の部品で構成されていると言われています。エンジンのような複雑な機械システムがない電気自動車(EV)では約2万点に減少するとみられていますが、その一方で、ソフトウェアで実現する機能や機構をソフト制御する領域が拡大。1台当たりの車載ソフトのソースコードの行数は、2000年の約100万行から2010年には500~1000万行、2015年は1億行、2020年には2億行程度に達していると推測されています。今後は、多くの車載機能を積極的にソフト化していく「ソフトウェア定義車両(SDV)」の開発が進み、今後はこれまで以上のペースで急増していくことでしょう。

同様の現象が起きているのは自動車だけではありません。スマートフォンのような電子・情報機器なども毎年、新たな機能が追加されていき、システム全体の開発の大規模化・複雑化が進んでいます。しかも同時に、システムの構成要素であるソフトやハードの部品一つひとつにより高度な技術が投入されていく傾向がみられます。多くの工業製品において、開発対象となる部品の数と、それらを擦り合わせて進めるシステム開発の工数は急激に増加し、開発難易度も飛躍的に高まっていくことでしょう。

高品質・低コストな製品を迅速開発するための開発体制

システムの大規模化・複雑化・高度化が進んでいったとしても、余裕をもって長期間掛けて製品開発できるわけではありません。むしろ、開発開始から製品の市場投入までのリードタイムは短ければ短いほど有利なビジネスを展開できます。システム開発の難易度向上への対応と開発期間の短縮を両立できる開発体制が常に求められています。さらに、理想的には、商品をなるべく短期市場投入し、投入後に機能や性能を更新していくアジャイルな製品開発が可能な開発体制の確立を目指す潮流も出てきています。

一般に、開発対象となるシステム規模が大規模化すれば、大きなシステム全体を小さな個片システムへと分解し、分担開発することになります。さらに、システムの複雑化や高度化が進めば、開発工程を細分して段階化を推し進めます。そして結果的に、担当する部分や工程の異なる、より多くの部署・エンジニアが開発に関与するようになり、相互連携しながら開発していく必要性が生じてきます。そして、こうした多数の関連部署が連携しながら、大きなシステムを短期間で開発していくための方法論である「コンカレントエンジニアリング(CE)」を実践する企業が増えています。

コンカレントエンジニアリングとは

コンカレントエンジニアリングとは、製品開発の工程の進行を効率化することによって、開発期間の短縮やコスト削減を実現する開発手法です。担当部署や開発段階が細分化された製品開発フロー中のより多くの工程を同時並行で進めることによって、開発期間を短縮し、コスト削減を図ります(図2)。1980年代に米国の自動車産業の競争力強化を目指して生まれた手法であり、日本でも大手自動車メーカーを中心に導入が進みました。現在では、幅広い製造業で導入されています。

図2 コンカレントエンジニアリングのコンセプト

出所:筆者が作成

CEは、以下の3つの要素を兼ね備えた開発手法であると言えます。

1番目の要素は、「同時並行的な工程」です。一般に多くの工業製品の開発では、抽象度の高い製品の仕様や特長を定義する「製品企画」を最上流として、「製品設計」「試作」「設計改善」「製造準備」「製造」と段階的に具体化・具現化を推し進める「ウォーターフォール型開発」で進めています。CEでは、それぞれの工程の作業期間は変えることなく、各工程を同時並行的に実施することで、全体の開発期間を短縮します。

2番目の要素は、「部署間の相互連携」です。一般に、システムを構成する多様な要素をつなぐインタフェースが規格化され、開発工程の間の受け渡しルールが厳密化されれば、システム全体を細分した分担開発や工程の細分化を推し進めても、円滑にミスなく開発を進めることができます。しかし、実際にはシステムの構成要素間での擦り合わせや、特定工程での想定外の変更による工程間での調整が必要になることはよくあります。このため、CEでは、部署間で開発情報を共有し、常に全体の開発の進行や状態を各部署で把握しながら最適な対処ができるようにしておきます。

3番目の要素は、「フロントローディング」です。開発の初期段階に、より多くのリソースを投入することで、開発する製品の品質や精度を高めると共に、部署間での連携を円滑にします。具体的には、開発初期段階の製品企画の段階から、設計、製造、販売などに関連する部署が参画し、情報共有と相互理解、合意を進めます。これによって、各部門の知見を生かしながら、円滑な擦り合わせや相互連携を可能にし、効率的開発を実現します。また、開発過程での設計変更を最小化します。

アジャイル型開発との類似性と将来の発展可能性

CEは、設計・製造に要する時間を短縮し、市場投入を大幅に早くめることを狙った開発手法であると言えます。ただし、CEの実践で重要になる部署間連携の仕組みを拡大することで、市場投入後の販売、保守などの部門との相互連携も可能になります。

そして、そうした製品ライフサイクル全体にわたる広範囲での連携を前提にして製品やビジネスモデルを再定義すると、「アジャイル型開発」に基づく、市場の動きと連動した製品機能の逐次開発や機能更新を織り込んだサービスビジネスの創出へと発展させることができます(図3)。アジャイル型開発とは、システムの機能・構成・性能を工場出荷時までに作り込むのではなく、市場でのニーズや利用環境などの変化に合わせて柔軟に対応・変化させていくことを前提として開発する手法のことです。

図3 コンカレントエンジニアリングの仕組みを活用してアジャイル型開発へと発展

出所:筆者が作成

そもそも、CEとアジャイル型開発の間には、多くの共通点があります。特に両方の手法とも、部署間での並行開発を前提としたアプローチであること、変化に対して柔軟かつ適切に対応することを目指した手法であることの2点で酷似しています。ただし、CEはハードウェア開発を前提として考案された手法であるのに対し、アジャイル型開発はソフトウェア開発を前提条件として想定している点が異なります。もっとも、現在では、多様な機器でのソフトによる機能開発が進み、CEの対象にソフト開発が含まれるようになってきました。このため、CEを実践する体制を確立できれば、アジャイル型開発への展開も容易になる可能性が高いと言えます。

 自動車、ICTシステム、産業プラントなど適用分野は多い

自動車、ICTシステム、産業プラントなど適用分野は多い

CEが自動車産業で生まれた背景:QCDのレベルを同時に底上げ

先述したように、CEは米国の自動車業界で1980年代に最初に導入され、世界中の多様な産業領域に広がっていきました(図4)。米国の自動車産業から導入が始まった背景を知ることで、いかなる課題に直面している業界での実践が向いているのか理解することができます。

図4 自動車、ICT、産業プラントの開発では多くの企業がCEを導入

当時の自動車業界は、国際競争が激化し、より迅速な製品開発と市場投入が求められるビジネス環境がありました。ちょうど日本車の米国市場での販売が拡大し、日米経済摩擦が起きていた時代です。米国の自動車メーカーでは、コスト競争力が高く、なおかつ市場の変化に素早く対応していく必要に迫られました。具体的には、激化する価格競争に対応するための開発・製造コストの削減、消費者の品質に対する要求の高まりへの対応するQCDを同時に底上げする必要があったのです。その実現は簡単なことではなく、従来の開発手法の改良程度では対処できませんでした。このため、その実現に向けたアプローチのひとつとして、CEの導入による開発手法の抜本的刷新を推し進めることになったのです。

日本の自動車業界でも、CEに基づいた開発体制はほぼすべての自動車メーカーが導入しています。たとえば、マツダは2006年から2015年にかけて「一括企画」と呼ばれる大規模なものづくり革新を実施。特定期間に投入する新車について、企画・設計・開発・生産を完全同時並行で進めるCEの手法を採用しました。同社はこの取り組みによって、全車種共通の開発対象と個別車種で変えて開発する部分を明確にできたそうです。そして、自社の限られた資源を有効活用しながら、統一した基本コンセプトの下で製造工程の多くを共通化し、なおかつ市場が求める多様な車種を柔軟生産できる体制を構築しました。

ICTシステム開発で見られるCE:早期市場投入と迅速なバグ対処を実現

IT産業や電子機械産業も、CEの実践を積極的に進めている分野です。この分野の製品は、数ある産業の中でも特に製品サイクルが短く、迅速な開発が求められる傾向があります。しかも、ご多分に漏れず、製品のシステム規模は増大する一方です。このため、CEの実践に踏み出す動機が高く、得られる効果が大きな産業であると言えます。加えて、CEの実践に不可欠なICTシステムに関する知見と利用に向けたリテラシーが高い点も、これらの産業でのCEの実践が加速している要因となっています。

特に、世界のIT産業をリードしているGAFAM(Google、Apple、Facebook(現Meta)、Amazon、Microsoft)では、CEに基づく製品やサービスの開発体制が大前提となっています。例えばMicrosoftは、2009年にリリースした「Windows 7」の開発から、既にCEを導入しています。同社では、開発チーム、テストチーム、ユーザー体験チームの作業を同時並行して進められる仕組みと体制を整備し、頻繁かつ迅速なフィードバックと改善の繰り返しを可能にしました。その結果、開発期間が前世代品よりも約1年短縮しながら、ユーザーの使用感を改善すると共に、バグの早期発見と修正が可能になったそうです。また、Amazonでは、ウェブサービスの開発にCEを適用。開発チーム、運用チーム、セキュリティ・チームが同時並行的に作業を進められるようにして、継続的なサービス改善を可能にしました。その結果、新機能の迅速なリリースやシステムの安定性向上、セキュリティ対策の強化などを実現しました。

一方、電子産業では、製品の設計・開発・生産の工程を同時並行的に進め、開発の効率化や期間短縮、コスト削減を実現することを目的として広くCEを実践しています。例えば、設計データをサーバー上に置き、関連部署間で共有。設計変更が発生した場合にも自動的かつリアルタイムで伝達し、迅速対応するといった効果が得られています。また、機械部品と電子部品などを統合した部品表(BOM)の管理情報を共有することで、製品開発全体での関連部署間の連携向上や、対処すべき事態が発生した際のトレーサビリティ向上などを図る例もあります。

産業プラント開発で見られるCE:専門性が異なる部署の連携を強めて競争力強化

産業プラントなどを開発・施工する重工業産業でもCEの実践によるビジネス競争力の強化を推し進める企業が出てきています。産業プラントは、システム全体が大規模かつ複雑で、加えて法規制の遵守や施工管理、施工後の保全など、重工業の企業が担うべきエンジニアリング業務が多様です。しかも各担当部署に求められる技術や知見は専門性が高く、連携が困難な場合が多くあります。そうした中で、業務の効果と効率を底上げするための手法として、CEの実践が欠かせなくなっています。

例えば、上下水道や産業水処理施設の設計・施工・メンテナンスにおいてCEを実践している例があります。施設を施工している現場で3D計測によって収集した施設データを多部門でリアルタイム共有。設計と施工の工程を擦り合わせながら効率的に進め、なおかつ手戻りの発生を防いでいます。この際に収集、利用したデータは、施工後の維持管理業務の効率化にも活用しています。

また、ガスタービンの開発・製造業務にCEを適用し、3D設計データを設計から生産まで一貫して使用することで、開発期間の短縮と品質向上を図る例もあります。こうしたCEの実践を前提にした仕組みを整備したことで、設計段階から生産技術を織り込んだ開発が実現したそうです。

 製造業DXとコンカレントエンジニアリングは好相性

製造業DXとコンカレントエンジニアリングは好相性

製造業DXとCE、目指すことは同じ

現在、製造業で「デジタルトランスフォーメーション(DX)」を推し進める際の一環として、同時にCEが導入されるようになりました。DXは、デジタル技術を活用して業務プロセスの改善や組織文化の改革を進め、企業競争力を高めることを目指す取り組みです。その実現手段としてデジタル技術と業務データの有効活用が重要であり、これらを活用する際の視点のひとつとなるのがCEの核心である部署間連携だと言えます。

DXはデジタルツールを導入するだけでは実現しません。同様に、CEに基づいて円滑で効果的な部署間連携を実現するためにはデジタルツールの活用が必須になりますが、同時に部署間で業務の進め方を明確にルール化しておくことも欠かせません。ここからは、CEを実践する際に進めておくべき準備について解説します。

デジタルツールを介して部署間の連携を強化

CEによる部署間連携を推し進めるためには、リアルタイムで閲覧できる位置に開発情報を置き、部署間で共有できるようにしておく必要があります(図5)。共有する情報の起点となるのは多くの場合設計データであり、機械設計で利用する3D CADや電気設計で利用するEDAを利用して、共有する情報の基盤を作ることになります。

図5 デジタルツールを活用して、コンカレントエンジニアリングの実践を加速

出所:筆者が作成

CEでは、設計担当部署以外のメンバーが共有情報を閲覧することになるため、専門的な知識や情報を読み下すリテラシーが不足していても業務に役立てるような形式で情報を表現しておくことが重要になります。そのため、3D CADで設計した3Dモデルのように複雑な形状でも多くの人がわかる形で可視化できる表現現形式や、後工程の関連部署の担当者に伝えるべき情報を明確にするためのCAEを活用した解析結果などを付記することが重要になります。

また、開発情報を製品のライフサイクル全体で共有し、その状態を効率的に管理するためのツールであるPDM(Product Data Management)やPLM(Product Lifecycle Management)を活用も役立ちます。これらのツールは、部署間での情報共有やコミュニケーションを円滑にし、開発プロセス全体の効率化と品質向上に貢献します。

ツールがあるだけではCEは実現しない、ルール形成と合意が必須

デジタルツールの導入だけでなく、各部署間で、業務の進め方を明確にルール化し、合意・徹底遵守することも重要になります。デジタルツールは情報の共有や利用を助けてくれますが、実際にそれを業務に活用するのは各部署の担当者です。ところが、設計部門と製造部門さらに営業部門などは、同じ会社であっても業務執行の文化や価値観が異なるのが普通です。連携した途端にその違いが顕在化して足並みが乱れ、円滑で効果的な連携を妨げます。このため、設計変更が生じた場合などに各部署で対応策を迅速決定できるようにするためには、ルールの策定・合意・徹底遵守が必要になります。

まず、ルールを策定する前に、各工程の役割や責任を明確に定義し、全体の流れを把握できるようにしておくことになります。これによって、手戻りを防ぎ、効率的な進行が可能になります。また、ルール化は、各部署の業務の細かな内容ではなく、意思決定の進め方をルール化しておくことが特に重要になります。さらに、開発情報だけでなくルールを踏まえたプロジェクトの進行を各部署が集まって定期的にレビューし、きっちりとフィードバックしておくことも大切です。

 まとめ

まとめ

これまで日本の製造業の企業は、気心の知れた同じ会社の他部門やパートナー企業との間で密な連携体制を構築し、設計変更など開発・生産に関わる状況変化があっても柔軟に擦り合わせて対処してきました。ただし、現在ではシステムの大規模化・複雑化・高度化によって、組織や人的関わりだけでは理想的な連携が困難になってきています。このため、CEを実践するための仕組み作りが不可欠になってきています。

RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。IT、DX製品、部品、設備、装置、計測製品などが出展し、製造業の設計開発、製造、生産技術、情報システム部門の第一線で活躍する方々が集います。開発・製造期間の短縮、DX・IT化の推進、コストダウン、脱炭素、工場の省エネ・自動化など製造業の課題を解決するアイデアが見つかる絶好の場となります。

展示会場では、製造業の最先端事例や設計開発の最前線の話題が学べる併催セミナーも開催しています。また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。

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執筆者プロフィール

伊藤 元昭

富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。


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