保全業務の大革命、
「予知保全」の実践効果と将来展望
工場や産業プラントの円滑な稼働と道路・橋梁などの社会インフラの安全・安心を維持するためには、適切な保全の実施が不可欠です。ただし、現状の保全業務は、重大な課題を抱えています。少子高齢化が進んだことと保全業務自体が付加価値を生みにくい業務であることから、慢性的な人材不足に陥っていることです。こうした課題を抜本的に解決する手段として期待されているのが「予知保全」と呼ぶ、新しい保全のあり方です。ここでは、予知保全とはどのような技術であり、いかなる場所に適用され、どのような効果を出しているのか。具体的な実践例と将来技術の導入によるさらなる効果向上について解説します。
RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。その中でも、構成展の一つである「スマートメンテナンス展」では、保全・メンテナンス業務で使われる製品・サービスなどが数多く出展します。
製造業の最先端事例が学べるセミナーも開催しています。取り組みの最前線の動きを知るため、足を運んでみてはいかがでしょうか?また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。
●ものづくりワールドの出展・来場に関する情報はこちら
あらゆる機器・設備のメンテナンスが危機に直面
あらゆる機器・設備のメンテナンスが危機に直面
工場や社会インフラなどの保全業務は課題山積
工場や産業プラント、道路・橋梁などの社会インフラは、常に安定的かつ高効率に稼働し続ける状態に維持していく必要があります。ただし、形あるモノを使い続ければ消耗・劣化が進むのは必定。その利用に伴って、適切な保全を行うことが不可欠になります。
ところが、保全作業に十分手が回らず、老朽化・劣化が円滑で想定通りの業務遂行ができない工場設備や、安全・安心な利用が困難になる可能性がある社会インフラなどが顕在化しつつあります。
例えば、日本の社会インフラの老朽化状況に注目すると、その逼迫感を実感できます。日本では、高度経済成長期に社会インフラが集中的に整備されました。こうしたインフラの耐久年数は建設後50年とされていますが、50年以上経過したまま新規置き換えされていない状態の設備が年々増加しています。
国土交通省が公開している資料によると、2040年時点で、道路橋の約75%、トンネルの約52%、河川管理施設の約65%、水道管路の約41%、下水道管の約34%、港湾施設の約68%が建設語50年以上経過することになるそうです(図1)。もちろん、老朽化の状況は、建設年度で一律に決まるわけではなく、立地環境や維持管理の状況などによって異なります。それでも、それぞれのインフラの重要性を鑑みれば、かなり深刻な状態であることがわかります。これらのインフラを作り変えることなく利用しつづけるためには、適切な保全をしていくことが必要不可欠になります。
では、企業が保有する工場設備はどうでしょうか。社会的重要性の高さから比較的管理が行き届いていると思われる社会インフラに比べて、深刻な老朽化を抱えている設備を利用している企業があることは容易に想像できます。資金不足で、業務に欠かせないにも関わらず、設備・施設の入れ替えに踏み切れない企業は多いのではないでしょうか。こうした企業では、いかに最小限の資金・労力で、最大限の保全を行っていくかが重要課題となっています。
保全業務を取り巻く環境変化と顕在化する課題
ただし、こうした保全業務は、継続的に実施していくうえでの重大な課題を抱えています。保全業務は、個々の管理対象の状態を見極めながら、適時適切な対処を行う必要があります。その実践には、高度な知見やスキルが求められます。ところが、少子高齢化が進んだことから、保全業務に携わる人材が慢性的不足状態に陥っています。
富士電機が、化学工業などプロセス産業の保全・点検人材を対象にした、人員の不足状況に関する意識調査では、保全・点検部門の人材が「非常に不足している」と回答したのは全体の17.1%、「不足している」が34.1%という結果を公表しています(図2)。そして、人材が不足している理由として、「退職による欠員」を46.3%の回答者が、次いで「離職率が高い」を45.6%が、「採用数の不足」を36.8%が挙げています。総じて言えば、これからますます不足状況が深刻化していくことが予想されると言えそうです。
さらには、工場などでは保全業務自体が付加価値を生みにくい業務であることから、社会インフラの場合には財政状況が厳しいことから、保全業務に潤沢なコストを掛けられる状況でもありません。資金不足により、多くの企業が不具合や故障が起きる前に対処できず、故障などを起こしてから修理など対処せざるを得ない状況に陥っているところが多いのではないでしょうか。
いつ突発的に故障が起きるのか不安を抱えながら工場を操業し、なおかつ故障が起きたら生産ラインを一定期間ストップして修理・交換を待つしかありません。これでは、対処に要するコストが掛かるだけでなく、操業停止している間、事業機会を失う結果を招いてしまいます。
こうした保全業務が抱える本質的課題を抜本的に解決する手段として期待されているのが「予知保全」と呼ぶ、新しい保全のあり方です。IoTや人工知能(AI)といった最新の情報処理技術を活用することで、必要になるタイミングで、最小限の労力・コスト・資材で、効率的かつ効果的な保全の実践を目指します。
故障発生を予知して先回り対処を可能にする「予知保全」
故障発生を予知して先回り対処を可能にする「予知保全」
保全業務の革命「予知保全」とは
保全手法には、保全するタイミングの違いによる「事後保全」「予防保全」「予知保全」の3種類があります。このうち、従来の保全業務の中心は事後保全と予防保全でした。予知保全は、情報処理技術の発達によって可能になった、新しく効果と効率が群を抜いて高い保全手法だと言えます。それぞれの特徴と、予知保全を導入するメリットを説明したいと思います(図3)。
図3 事後保全、予防保全、予知保全それぞれの特徴
出所:筆者が作成
「事後保全」とは、故障や不具合がおきた後に対処する方法です。確実に異常な状態に陥っている設備や施設を保全するわけですから、コストや担当者の負担は最小化できるかもしれません。しかし、一般に、何の前触れもなく異常が発生しますから、そこから対処すれば、修理の依頼、補修・交換部品の納入待ち、修理作業などに長い時間を要することになります。その間、生産ライン上に代替がなければ工場稼働がストップしますから、機会損失や仕掛品や原材料の廃棄、従業員の人件費などで莫大な損失を被る可能性があります。つまり、保全コストは安いが、損失が思いの外大きくなる可能性があります。
「予防保全」とは、あらかじめ定めた保全計画に沿って、定期的に点検・部品の交換などを実施する方法です。この方法では、故障や不具合の発生が近づいている、いないに関わらず保全を実施するため、まだまだ安定稼働できるのにコストや手間を掛けて保全作業を行う可能性は少なからずあります。また、突発的な異常の発生による機会損失などを確実に防げるわけでもありません。設備などの稼働状況によっては、想定外に早く異常が発生する可能性はあります。
予知保全の実践メリット
こうした従来の保全手法に対し、「予知保全」では、トラブルが起きそうな兆候を察知して異常が発生する前に、先回りして対処します。兆候を察知してから対処するため過剰保全によるコストを最小化できます。しかも、まだ実際に異常が起きる前に対処できるため、計画的に部品調達や修理することが可能です。修理すること念頭に置いた生産調整をしながら、工場操業へのダメージが最も小さいタイミングで対処できます。
工場で長く働くベテラン作業員の中には、装置の稼働音を聞いただけで、異常の兆候を察知できる人がいます。こうした貴重な属人的能力を、最新の情報処理技術を使ってシステムの機能として実現し、安定的に活用しようというのが、予知保全のコンセプトです。
予知保全には、最小限のコスト・労力での計画的な保全が可能になる以外にも多くのメリットがあります。特に、ベテラン作業員の属人的能力に頼らないことによるメリットは極めて大きいと言えます。まず、少子高齢化による保全業務の危機は解消します。しかも、特定工場の特定の人だけが持っていた高度な察知能力を多くの工場に導入できるようになります。また、点検や状況把握の目が届きにくい場所や危険な場所、人手の足らない時間帯、これまで多すぎて個別に保全できなかった設備などを対象にした保全も確実にできるようになります。基本的に、こうした異常の兆候察知システムは、確立して利用法をノウハウとして保持できれば、会社の技術資産となり、半永久的に価値を失うことはありません。
予知保全で活用するテクノロジー
予知保全のコンセプトは、設備や施設での故障や不具合を、発生する前に兆しを察知し、未然に対処するという明快で効果を想像しやすいものです。しかし、実際に故障や不具合の兆しをどのように察知すればよいのでしょうか。察知の確度が低くては使い物にならないし、計画的な対処を進めるためにはいつ異常が顕在化する可能性があるのかまで知ることができる精度を求めたいところです。予知保全を実践するためには、相応の精度・確度を持った予兆察知システムを実現するためには、高度なIoT技術や人工知能(AI)技術、さらにはそれらを統合して構築するデジタルツインの構築と活用が必須になってきます(図4)。ここでは、こうした予知保全を実践するために活用する情報通信技術について解説します。
図4 予知保全向けシステムの構成
出所:筆者が作成
基本的に予知保全システムは、管理対象となる装置などの機能・構造・性質・個性と現在の状態と稼働状況を熟知する、現場のベテラン作業員が持つ保全経験をシステム化したものだと言えます。こう考えると、必要な技術を想像しやすくなります。
まず、装置などの現在の状態や稼働状況を知るためのIoT端末が必要になります。振動、温度、稼働音、電力の使用状況などのデータをリアルタイムで収集するセンサーが必要です。こうしたセンサーは、最も効果的な情報を収集できる位置に、状態を察知するためのデータを収集可能な仕様のセンサーを設置し、変化を効果的に察知するタイミングでデータを計測することが求められます。そして、計測したデータは、サーバーなどに蓄積し、時系列に並べて変化を炙り出せるようにしておきます。
さらに、蓄積した計測データから、正常状態でのデータと異常な状態に至る兆候を示すデータを、クラウド上などに置いたAIを活用して峻別します。適切に学習させたAIならば、大量の計測データの中に埋もれている異常に至る兆候を探り出すことができます。AIは、運用しながらデータの関係性を学習し、検知の精度を高めていきます。
加えて、リアルタイムでの高精度な予兆察知と、最適な対処法を探るための手段として、デジタルツインを利用すると効果的です。デジタルツインとは、現実にある管理対象とする装置などの現状の動作状況や状態を忠実に再現したデジタルモデルです。あらかじめ対象装置などの機能や特性、動作傾向などをデジタルモデル化しておき、そこにIoT端末で収集したリアルタイム情報を入力することで、現状の状態、状況を再現します。
デジタルツインでは収集したデータの傾向だけでなく、モデルを使ってシミュレーションした結果を利用して予兆を探り出すことができるため、予兆察知の精度を大幅に向上できます。さらに、シミュレーションによって時の流れを速めて、今後、いつどのような異常が起きそうなのか予想することが可能です。このため、確度の高い最適な対策を立てることができるようになります。
予知保全の適用を検討すべき典型的な保守の場面
予知保全の適用を検討すべき典型的な保守の場面
拡大する予知保全の適用領域と関連市場の成長
予知保全の確度や精度が高まれば、将来には、定期点検や定期メンテナンスは不要になる可能性があります。その導入価値は極めて高く、製造業におけるIoTやAI活用の一丁目一番地と言える主要な活用法になっています。導入を図る業界、企業は多岐にわたり、実際に大きな成果が得られた例が数多くあります。代表的な適用例を紹介します。
製造業の工場に置かれる生産設備の保守管理での実践例
製造業の工場では、多様な設備を組み合わせて生産ラインを構築します。このため、ライン中の1台の設備が故障や不具合を起こしただけで操業停止になったり、不良品を作り続けたりしてしまうような事態に陥りがちです。それぞれの装置が停止している時間は、それが保全に必要な時間であっても最短に抑えたいと考えています。このため、予知保全の導入例が特に多い適用先となります。
例えば、ポンプメーカーであるミツワポンプ製作所は、AIを活用した予知保全技術を導入することで、故障発生の予兆を9割の確度で予測可能にしました。同社では、納品済みのポンプにセンサーを設置して、振動・音・温度・電流などの幅広いデータを収集し、人為的に作り出した故障時データを学習させて故障の前兆を判定できるAIモデルを構築しました。同社では、売り切りのビジネスモデルだったポンプ販売を改め、販売後に予知保全サービスを提供するサービスも事業化する検討を進めています。
また、製造工程で使用するドライエッチング装置の中で圧力を自動制御するAPCバルブを供給しているアットフィールズテクノロジーは、突発的な故障を未然に対処する予知保全を導入。これによって、半導体ラインでの品質低下を防ぐ効果を得ました。この例では、APCバルブの開度を監視する仕組みを導入し、劣化の兆候を検知しています。
経済産業省では、企業で予知保全を導入する際の手順や注意事項をまとめた、「AI導入ガイドブック 予知保全」を作成し、公開しています。こうしたガイドブックを参照しながら、予知保全の導入を検討するとよいかもしれません(図5)。
予知保全と損害保険を組み合わせた新たなビジネスモデル
予知保全を活用すれば、一定確率で機械の故障を予測できるようになります。この点に着目し、故障によって発生する修理費用や機会損失を補償する損害保険サービスの最適化に活用する例が登場してきています。
損害保険ジャパンでは、予知保全を織り込んだ、製造業の設備投資を対象にした保険商品を開発しました。この商品では、工場設備の稼働データをAIで分析し、設備の異常検知や予知保全を実施。これによって、工場ごとに最適な料率・契約内容の保険サービスを提供しています。この商品の提供は、IoT関連製品を扱うマクニカと共同で行われており、IoTシステムと保険をパッケージ化して提供しています。
より高度な予知保全に向けた、最新技術開発動向
より高度な予知保全に向けた、最新技術開発動向
センサーフュージョン、生成AIによる予知視点の多角化
既に、多くの領域で大きな成果を上げ始めている予知保全ですが、技術的にはまだまだ発展途上の段階にあると言えます。ここでは、予知保全の技術がどのような方向へと進化しつつあるのか紹介します。
まず、多様な種類のセンサーで収集したデータを統合し、単一のセンサーでは得られない多角的視点からの高度な情報を抽出し、確度や精度の向上を図る技術開発が進められています。こうした複数種類のセンサーを併用した検知技術は「センサーフュージョン」と呼ばれています。例えば、振動センサーや温度センサー、電流・電圧センサーなどから得られるデータを組み合わせて解析し、設備の正確な寿命予測や適切なメンテナンス計画を立案に役立てる試みが行われています。
管理対象になる装置の未来の稼働状況を高精度で予測できるようになると、故障や不具合に至らなくても、わずかな動作のブレや性能の低下も検知できるようになります。工場の生産ライン上の装置にこうした高精度の予知保全技術を導入すると、生産している製品の品質や生産性の低下を未然に防ぐことができるようになる可能性があります。実際、半導体工場など、製造難易度の高い製品を生産している工場では、歩留まりを高レベルで維持するために予知保全システムと同様のIoTとAIを組み合わせたシステムを活用しています。
予知保全の高度化に生成AIを活用する取り組みも出てきています。確度や精度の高い予知保全を実現するためには、データを分析するAIを十分に学習させておく必要があります。しかし、学習データとなる故障や不具合の予兆傾向を含むデータが不足しているため、十分な学習ができない場合がよくあります。そこで、生成AIで特定の条件下で不足している学習データを作り出して補う試みが進められています。これによって、実データが限定されていても、広範囲な条件を想定したAIモデルを学習させることが可能です。
まとめ
まとめ
予知保全は導入効果が極めて高い“保全業務の革命”であり、その適用領域は産業機器や社会インフラ全般にわたります。これからは、自動車や家電製品などの保守手段として導入されてくる可能性すらあります。さらに、予知保全と損害保険を組み合わせた商品が登場していることからもわかるように、新たなサービス商品が多数生まれてくることでしょう。
予知保全に関連したIoTやAIの技術は進化が著しく、予兆察知の確度や精度が高まることで、故障や不具合の予兆察知だけでなく、機能や性能の低下といった軽度の状態劣化や消耗品の準備を促すアラートなども実現する可能性もあります。
RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。IT、DX製品、部品、設備、装置、計測製品などが出展し、製造業の設計開発、製造、生産技術、情報システム部門の第一線で活躍する方々が集います。開発・製造期間の短縮、DX・IT化の推進、コストダウン、脱炭素、工場の省エネ・自動化など製造業の課題を解決するアイデアが見つかる絶好の場となります。
展示会場では、製造業の最先端事例や設計開発の最前線の話題が学べる併催セミナーも開催しています。また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。
●ものづくりワールドの出展・来場に関する情報はこちら
執筆者プロフィール
伊藤 元昭
富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。
▼この記事をSNSでシェアする