製造業でのAI活用、
もはや競争領域から必須の取り組みへと移行

製造業の企業にとって、AIの活用は、企業競争力を高めるための手段から、時代の要請に応える製品・サービスを提供するための必須手段へと変わりつつあります。そして、さまざまな業務にAIが適用されて、目覚ましい成果を上げるようになりました。中には製品の構造や開発・生産工程の高度化・複雑化によって、ノーベル化学賞の受賞対象で見られたような、AIでなければ対処できない業務も出てきています。この記事では、製造業でAIの活用が広がっている背景を解説し、具体的な導入例と効果を紹介します。さらに、早くも活用されるようになった生成AIの導入についても触れます。

RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。その中でも、構成展の一つである「製造業DX展」では、製造現場や工場内でのDXを推進するIT製品やサービスが出展します。

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 AIの使いこなしが、製造業の競争力を決める時代に

AIの使いこなしが、製造業の競争力を決める時代に

製造業はAI活用に積極的な業種のひとつ

あらゆる産業・業種の企業において、人工知能(AI)を活用した業務改革が進められるようになりました。なかでも製造業は、AI活用に最も積極的で高度な技術の導入を競うように進めている業種の典型であると言えます。

製造業におけるAIの適用業務の範囲は極めて広範です(図1)。具体的に挙げれば、基礎技術の研究開発から製品設計、生産計画の策定、生産ラインの構築・運用、サプライチェーンの最適化、物流、市場投入後の製品の保守・廃棄まで、製品ライフサイクル全体にわたります。既に、AIの使いこなしの巧拙が、製造業企業の競争力を決める時代になってきたと言っても過言ではない状況です。

図1 製造業にはAIの導入で効率化・高付加価値化する業務が多い

出所:筆者が作成

これまでのAIは、大量のデータを学習し、データの中に潜んでいる傾向や特徴から、データを高精度に分類・予測する用途に使われていました。製品品質の目視検査などに利用される画像認識処理や不具合の発生を事前予測して未然に対処する予知保全などは、その代表的な応用です。近年、新しい情報やデータを自動的に作り出す能力を持つ生成AIの技術が発達したことによって、より多様な業務にAIが利用されるようになってきました。

属人的だった業務がAIによって代替可能に

製造業においてAIの活用が進み効果を上げている領域には、一定の傾向があります。これまで属人的な経験・知識・技能に頼っていた、自動化・機械化が困難と思われていた業務ほど、AIの導入効果が大きいという点です。

作業を標準化・ルール化しやすい定型業務は、AIを活用するまでもなく、従来コンピュータによる自動化や専用機による機械化が進み、人手を頼ることなくこなせるようになっていました。これがAI技術の発達によって、人手に頼っていた状況に応じた柔軟な作業や、五感や知覚能力に頼っていた判断業務をAIによって自動化・機械化できるようになってきました。今では、製品設計や製品出荷時の官能検査など、豊富な経験に裏打ちされた知見や熟練した技能を頼りにしないと行うことができなかった業務でもAIの活用が進み、人だけで行っていた際には得られなかった目覚ましい成果を上げるようになりました。そして、人手を介さずに、AIだけで作業を自動実行し、簡略化・効率化を推し進める業務も広がりつつあります。

進化し続ける製品、AIでなければできない業務が急増

そもそも製造業でAIを活用する業務が拡大している背景には、どのような状況・環境の変化があるのでしょうか。最大の理由として挙げられるのが、開発・生産する製品自体の高度化・複雑化・大規模化が進み、AIを活用しないと開発・生産できなくなった製品が増えていることがあります(図2)。

図2 人間の能力だけでは足りず、開発・生産にAIの支援が必要な工業製品が増えている

出所:筆者が作成

どんなに優秀なエンジニアであっても、人間の知覚・洞察能力だけに頼っていては開発できない製品が出てきています。例えば、求める特性を持つ未知の新素材を開発する領域では、AIを活用しないと、与えられた一定の開発期間・コスト・人員で目標を満たした物質を探し出すことが難しくなってきています。また、人間の管理能力では対処できないほど多様な製造パラメータをリアルタイム調整しないと、工業製品として販売できる品質・コスト・納期で量産できなくなった製品もあります。最先端の半導体チップはまさにその典型です。

2024年のノーベル 物理学賞と化学賞は、いずれもAI関連の研究・成果に与えられました。特に化学賞は、たんぱく質の構造予測にAIを活用する方法論の確立が受賞対象となり、専門的知識と豊富な経験を持つ研究者が対応に苦慮してきた難問がAIによってたちどころに解き明かされる時代になりました。こうした科学研究で起きていることは、製造業においても広範な領域で顕著に起きるようになりました。

製造業においてAIを活用することによるメリットは多岐にわたり、しかも人手による作業や判断では得られない絶大な効果を期待することができます。ここからは、人手で行っていた作業をAIでも代替できる例ではなく、AIでなければ実現できない業務を中心に活用メリットを紹介したいと思います。

 AIを活用すれば、人間の知覚能力を超えた作業・判断が可能に

AIを活用すれば、人間の知覚能力を超えた作業・判断が可能に

人間では対応し切れない大量・迅速な作業・判断に対処

AIを活用すれば、人間よりも多くの管理対象の状態や動きを把握し、それぞれの状況に応じてキメ細かな対応を行うことができます(図3)。例えば、生産ライン中を高速で流れている大量の製品の中から、カメラで撮影した映像を認識して破損が生じている製品や異物を確実に探し出し、リアルタイムで取り除くといったことが可能です。

図3 人間の知覚能力を超えた作業・判断をAIで実現

出所:筆者が作成

破損や異物の状況は多様であり、人間ならば一目でわかるような異常であっても、画像認識技術などで確実に見つけるためには高度な技術を導入する必要がありました。これが現在では、機械学習系のAIの発達によって、人間よりも高い精度での画像認識を比較的簡単に導入できるようになりました。しかも一度、実用に足る技術を確立できれば、認識システムを高性能化することによって、より多くの対象物を、より正確、より迅速に判断・処置できるようになります。

一方、開発業務では、さまざまな目的・手法でのコンピューター・シミュレーションが行われています。ただし、一般に精緻なシミュレーションをCAEで実施するためには、莫大な演算能力が必要になり相応の時間とコストを費やすことになります。この点が、シミュレーションの適用領域を限定するケースが多々ありました。これが、AIでCAEで計算したシミュレーション結果を学習することによって、より高速かつ低コストで精緻なシミュレーションを実現できるようになりました。このシミュレーション環境を模擬的に実現したAIモデルは「サロゲートモデル」と呼ばれ、現在注目の技術となっています

五感で認知できない広域情報を基に迅速・正確に判断

AIを活用すれば、人間の五感では認知できない範囲の情報を統合した判断が可能になります。人間は五感に頼って周辺の情報を認知しているため、認知が及ばない領域の情報を基にした作業や判断は困難です。例えば、サプライチェーン全体の動きを最適化する業務などは、その代表例です。企業や地域をまたいで多様な関係者が関わり、サプライチェーン全体を動かしています。このため、全体の状態や動きを最適化するためには、企業間・拠点間・部門間での緊密な業務連携に基づく、極めて高度な知見を駆使する判断力が求められます。

一方、IoTシステムやサプライチェーン上各社の業務システムでサプライチェーン上の物資の状態や流れに関するデータを収集し、AIを活用して分析すれば、リアルタイムでの最適な生産管理や在庫管理、物流管理などが可能になります。これまでは、企業間で合意した発注・生産などのスケジュールが定まると、市場や物流の環境や生産状況が変動しても対応しにくい面がありました。このため、自然災害の発生などの不測の事態が発生すると、サプライチェーンが寸断されたり、大混乱になったりする例がよくありました。AIを使って受発注管理・スケジュール作成・生産管理を行えば、状況の変化に合わせて柔軟かつ迅速にサプライチェーン上の物資の流れを最適化する方策を導き出せる可能性があります。

 人間だからこその弱い部分をAIで補完

人間だからこその弱い部分をAIで補完

熟練者ほど逃れられなくなる常識の壁や思い込みを払拭

また、AIを活用すれば、人間だからこそ避けられない弱い部分を補い、正確で安定した作業・判断を行うことができます。

一例を挙げます。製品設計や新素材の開発業務などは、製造業の中でも、特に人間の知的創造力が要求される業務の典型であると言えます。ただし、こうした業務領域で成果を挙げているエンジニアの創造力を支えているのは、開発者個人の設計・開発現場での経験の蓄積や読み下し理解した文献・レポート・データの数です。ところが、こうした能力向上の過程は、経験豊富で熟練したエンジニアほど、逃れにくい常識の壁や思い込みを生み出してしまう傾向があります。そして、技術トレンドから外れた画期的発想を阻害してしまう面があるのです。他業界に眼を転じると、将棋の世界では、プロの棋士を驚くような妙手をAIが導き出すことが当たり前になってきています。プロの棋士は知的作業を行う職業の典型ですが、それでも逃れられない常識の壁や思い込みがあります。

AIであっても、経験・学習したことを基に判断している点では人間と変わりありません。しかし一般に、AIは、一人の人間が経験・学習可能なデータよりも多くの量のデータを学ぶことができます。このため、適切な学習を行いさえすれば、個々のエンジニアよりも常識の壁や思い込みが生まれにくくなります。

図4 航空宇宙、自動車、医療機器などでAMを効果的に活用

出所:Altair Engineering

機械設計では「ジェネレーティブデザイン」と呼ばれるAIを活用した自動設計が導入されるようになり、設計者が思いつかないような形状の部品や機械を生み出して、劇的な高強度化・軽量化が実現できるようになりました。同様の動きは、電子システムの設計、半導体チップの設計など分野でも見られています。また、新素材や新薬の開発においても、これまでの常識では試すことがなかった原料の配合・合成法を適用して、新たな特性を備える新素材を開発が進められるようになっています。こうしたAIなど高度な情報処理技術を使った効果的で効率的な素材開発は、「マテリアルズインフォマティックス」と呼ばれています。

AIは疲れ知らず、24時間365日業務を安定的に遂行

どんなに優れた能力を持つエンジニアや技能者であっても、24時間365日働き続けることはできません。また、属人的な知見や技能に頼った業務は、担当者のコンディション次第で避けられないパフォーマンス(生産性や精度など)のブレが出てきます。さらに、作業を標準化・マニュアル化したとしても実施者によって、結果が大きく異なることはよくあります。

AIを活用すれば、業務を長時間にわたって安定的に遂行できるようになる可能性があります。AIは情報システムであり、機械のように連続稼働させたとしても故障するということがないからです。

こうしたAIの活用法は、目視検査や官能検査など技能者の感覚や知覚能力を頼りに実施してきた品質管理業務や装置・設備の保全業務の領域で特に効果的です。生産ラインが稼働している中で、いつ何時、異常が発生したとしても、AIによって同一基準での安定的な監視・対応ができれば、不良の発生やラインのダウンタイムを最小化することができます。

AIは退職することなく半永久的に進化、蓄積ノウハウが会社の資産に

製造業において人材の能力は競争力の源泉であり、いかに優秀な人材を育て能力を発揮できる環境を整えるかが、企業業績を大きく左右する面があります。ただし、他社への転職や定年退職によって優秀な人材を失うリスクは常にあります。退職者が保有していた知見や技能を引き継ぐ新たな人材がいて、しかもその継承が円滑に進めば、こうした人材の流動は問題にはなりません。しかし、少子高齢化の進行を背景にした製造業での人材不足が顕在化していく中では、理想的な業務の引き継ぎができない例が増えてきています。これまで属人的能力に頼っていた業務をAIで実行できるようになれば、突然、業務の担い手が不在になるようなことはありません。

さらにAIは退職することがないため、継続的にデータを学習させていくことで、半永久的に業務遂行のノウハウを蓄積し続けていくことができます。しかも、一人のエンジニアや技能者が経験・学習できることには限りがありますが、AIは社内外の莫大なデータを基にして多様かつ大量の学習が可能です。その結果、就業期間が限られる人間では到達できない能力の高みに達することができる可能性があります。こうしてAIに蓄積された業務遂行の能力やノウハウは、企業の知的資産そのものになることでしょう。

さらに、学習したAIは複数拠点間で共有することができるため、高度な知見・技能を多拠点に展開可能です。これまで熟練したエンジニアや技能者を派遣して対応していた海外拠点などの新規立ち上げも、AIシステムの移植だけで完了できる可能性が出てきます。世界の先進的製造業企業の中には、自社でAI蓄積した業務遂行ノウハウを他社に販売することを考えるところもでてきます。

 製造業でも早くも生成AIの導入が進行中

製造業でも早くも生成AIの導入が進行中

生成AIで求めるシステムを言語設計

自然言語を自在に操る生成AIを活用したチャットボットなどが広く利用されるようになりました。機械とは思えないその流暢な言葉使いに、驚く人も多いのではないでしょうか。生成AIは、英語だけでなく、日本語、ドイツ語、中国語などあらゆる言語を使いこなしますが、使いこなせるのは人間の話し言葉だけではありません。

電子機器や家電製品、ITシステム、産業ロボット、さらには自動車まで、今では、多くの工業製品が何らかの開発言語を使って設計されるようになりました(図5)。機器・システムに組み込まれる電子回路とそこに搭載されている半導体の動作モデルの設計ではVerilog HDLやVHDLと呼ばれるハードウエアの機能と挙動を記述するための言語が使われています。さらに、その上で動かすプログラムの開発でもC/C++などが、AIを活用したシステム開発ではPythonなどが使われています。そして、ロボットなどを制御する手順もC/C++、Python、Javaなどが利用されているのです。そして、生成AIを活用し、要求に応じて開発用言語で記述したコードを自動生成することで、ロボットなどの高度な機器やシステムを開発する動きが拡大してきています。

図5 生成AIでハードやソフトの設計言語を生成しシステム開発

また、生成AIで生み出せるのは、言語だけではありません。機械や建築物の構造や意匠デザインの3Dモデルを出力することもできます。生成AIでは、言語で入力した指示に応じてイラストを自動生成するといった、形式の異なる情報を変換し、その間に指定された最適な処理を実行する能力を備えています。この特徴を生かせば、デジタルデータを扱う開発領域は、すべて生成AIの適用先になる可能性があるのです。

特定用途向けのAIモデル作成を生成AIで効率化

さらに近年では、生成AIの要素技術を応用して、特定用途向けのAIのモデル作成を効率化する試みも進められるようになりました。

例えば、これまで新素材開発などでAIを活用する際には、開発対象となる素材の種類や目的ごとに大量のデータを用意し、莫大な量の演算処理を実行して学習させる必要がありました。しかも、新たな樹脂材料の融点を予測する専用モデル、新バッテリーの電極材料の劣化を評価する専用モデルなど、個別モデルを用意する必要があったのです。

これが、生成AIの要素技術である「基盤モデル」と呼ばれる超大規模AIモデルを活用することで、わずかのデータを学習させるだけで高度な専用AIモデルを作成できるようになりました。作成効率は数十倍から百倍に高めることができるそうです。

RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。その中でも、構成展の一つである「製造業DX展」では、製造現場や工場内でのDXを推進するIT製品やサービスが出展します。

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 まとめ

まとめ

AIは、従来の情報処理技術とは異なり、標準化されていない属人的な知見・技能が求められた業務でこそ、高い適用効果が期待できます。市場からの製造業に対する要求は高度化し続けており、その一方で人材不足や脱炭素化対応、レジリエンスへの対応など解決すべき課題も増えてきています。競争力の高い製造業のビジネスを展開するうえで、人の能力を拡張できるAIの活用が必須になってきています。

さらに、AI自体は発展途上の技術であり、その進化によって、製造業における適用業務はさらに拡大し、効果もさらに高まっていくことでしょう。AIの活用は、早期の導入・運用に着手した企業ほど、より大きな成果を得ていく傾向があります。業界の違いと規模の大小を問わず、AIと無縁な製造業企業はなくなるのではないでしょうか。いかに活用していくのかについて、自分事として考えていくことが重要になりつつあります。


執筆者プロフィール

伊藤 元昭

富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。


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