人手不足と人余りが同時進行する日本の製造業、
その実像と処方箋
EVシフトや半導体産業の再興、デジタルトランスフォーメーション(DX)や脱炭素化への対応など、日本の製造業は、産業構造の変化に伴う対処すべき重要課題を多く抱えています。その一方で、少子高齢化が進むことから、製造業に従事する人材自体が減ってきています。こうした状況から、多くの開発・生産現場などでは慢性的な人手不足が顕在化してきています。ただし、ミクロな視点で製造業の分野や業務内容ごとに人材を取り巻く環境を精査すると、人余りが顕著になってくることが予想される分野もあります。このため、単なる業務の効率化・省人化・自動化といったステレオタイプな人材不足対策は通用しない状況です。ここでは、現在の日本の製造業が直面している人材に関する課題を明確にして、DXの実践やAIの活用など人材不足に対応するための一般的な方策と共に、時代の要請に応える人材を育成・確保するための方策を講じるためのアプローチの考え方などについて解説します。
RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。IT、DX製品、部品、設備、装置、計測製品などが出展し、製造業の設計開発、製造、生産技術、情報システム部門の第一線で活躍する方々が集います。開発・製造期間の短縮、DX・IT化の推進、コストダウン、脱炭素、工場の省エネ・自動化など製造業の課題を解決するアイデアが見つかる絶好の場となります。
展示会場では、製造業の最先端事例や設計開発の最前線の話題が学べる併催セミナーも開催しています。また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。
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日本の製造業の人手不足の実像
日本の製造業の人手不足の実像
製造業に従事する人材が減少している
世界の中で、日本は自他共に認める「製造業大国」であると言えます。ところが、製造業を担う就業者数が緩やかに減少し続けています。今後も世界市場に向けて日本の高品質・高性能な製品を届け、企業が成長し続けていくためには、製品の開発・製造・販売に従事する人材を確保し、同時に生産性を高めていくための方策の実施が不可欠な状況です。
総務省統計局による労働力調査によると、高度経済成長期に増加し続けてきた製造業の就業者人口は1992年の1569万人をピークに減少に転じ、2023年時点では1055万人にまで減少しました(図1)。特に34歳以下の若年就業者の減少が顕著です。こうした状況を説明する際、日本の社会課題である少子高齢化を理由として挙げられることが多いように思えます。ただし、実際にはそんなに単純な図式ではないようです。1992年時点での全産業の就労者数の中で製造業が占める割合は24.4%でした。これが2023年には15.6%にまで低下しています。つまり、ただでさえ少なくなった労働力ですが、製造業に従事する人材の割合自体が減り続けているのです。
また、あまり好ましい仮定ではありませんが、たとえ就労者数が減ったとしても、製造業自体が衰退しているのならば労働力の需給はバランスしていると言えないことはありません。ところが足下を見る限り、日本の製造業は成長し続けています。経済産業省が発表した直近10年間の日本の製造業における製造品出荷額は増加しているのです。さらに厚生労働省が発表した2023年1月時点で全国平均有効求人倍率では、製造業が該当する「生産工程の職業」の倍率は2.06倍の売り手市場であり、全産業平均が1.33倍であることを鑑みれば、圧倒的な人手不足状態であることがわかります。
産業構造が変化し、逆に人余りになっている分野も
マクロな視点から見ると人材不足傾向にある日本の製造業ですが、ミクロな視点で人材の需給傾向を見ると注目すべき傾向が見えてきます。人材に余剰状態になっている分野が確実に出てきているのです。つまり、日本の製造業全体は人材不足の傾向ではありますが、実は人材の余剰と不足が混在する人材需給のミスマッチが起きている状態なのです。
現在、人材余剰が顕在化してきている分野は、産業構造の変化によって、求められる業務内容が変化している分野だと言えます。代表例が自動車産業での内燃機関(エンジンなど)に関連した製造分野です(図2)。エンジン車から電気自動車(EV)へと市場投入するクルマの中心が移行していく中で、開発・生産に従事する人材に求められる知見・技能が変化してきています。内燃機関やそこで使われる部品・材料の開発や生産に従事している人材に余剰が生まれ、逆にバッテリーやモーターなどパワーエレクトロニクス関連の技術開発や装置・部品・材料の生産に携わる人材の不足が顕著に見え始めてきています。
図2 同じ産業内でも人材の余剰と不足が共存
出所:筆者が作成
また直近では、政策によって強力な産業振興が進められている半導体産業では、あらゆる業務で顕著な人材不足状況となっています。中でも、特に不足状況が顕著なのが、AIシステムのエンジニアやデータサイエンティストなどの人材です。1980年代の半導体産業の担い手の中心だった製造プロセス開発に携わる化学的な知識を持つエンジニアや製造ラインで生産に従事する作業者も不足しています。ただしこうした業務での不足状況は比較的軽度であり、その代わりに過去の半導体黄金期には存在していなかったデータサイエンティストなどが、製造ラインを円滑に稼働させるために必要不可欠になってきています。
DXの実践による省人化とその課題
DXの実践による省人化とその課題
DXが製造業の人手不足対策の主軸に
現在、多くの製造業企業が、デジタルデータを活用した業務改革である「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の実践に取り組んでいます。狙いの中心は、QCD(品質・コスト・納期)のさらなる改善によるビジネス競争力の強化や新ビジネスの創出などですが、同時に人材不足への対応を目指して取り組んでいる企業も多く出てきています。
DXでは、これまで属人的な技能や判断に頼っていた業務を情報システムやロボットなどに代替させることによる、業務の効率化や高付加価値化を目指します(図3)。コンセプトと手法自体に「省人化」や「脱属人化」、業務担当者の「能力拡張」の実現といった、限られた人材を有効活用していく狙いが内在しています。
少子高齢化が進む日本では、製造業に従事する人材、特に若い人材を劇的に増やしていくことは期待できません。限られた人材の力を最大限まで活用し、より競争力と付加価値の高い製造業のビジネスを展開していくことが重要になります。このため、DXは人材不足対策の主軸となっています。
図3 製造業のDXは人手不足対策の主軸
ロボットの高度化で臨機応変な対応が不可欠な作業の自動化が可能に
これまで人手で行ってきた作業を自動化・ロボット化すれば、業務の省人化が実現し、より少数の人材で同等以上の開発・生産が可能になる可能性があります。
高度なロボットを導入しなくても、作業の対象と手順が定まった定型作業に関しては、専用の自動化装置を開発・導入することで省人化が可能でした。しかし、臨機応変の柔軟な対応が求められる作業では、人手に頼らざるを得ない部分がどうしても残っていました。作業対象が生鮮食料品のように個体差がある場合や、多品種少量生産で作業手順が状況に応じて変わる場合などがその代表例です。
ただし近年、現場投入されるようになったロボットでは、作業対象や状況を正確に把握し、柔軟に最適な作業をこなせる能力を持つようになりました。ロボットの機能・性能が高まることで、省人化できる工程・生産品目が拡大していく方向にあります。
IoTとAIの活用で、熟練技能者の判断能力をシステム化
さらに、IoTシステムやAIを活用することによって、生産現場の状況を正確に把握し、これまで経験豊富な技能者の経験と知見に頼っていた高度な意思決定を支援することが可能になってきました。
日本の製造業の生産現場には、マニュアルとして明文化されていない状況判断や対処法に関するノウハウや技能がたくさんあります。例えば、製品の品質を高水準に維持するため、生産設備の稼働条件を生産状況や生産対象の状態に合わせて、微妙に調整する必要がある場合がよくあります。また、使い慣れた製造装置の異変を、動作音を聞き分けて判断できる技能者もよくいます。蕎麦打ち名人は、気温や蕎麦粉の状態に合わせて水分量や打ち方を微妙に調整すると言いますが、多くの生産現場でも品質や生産性を維持するために同様の技能が必要とされているのです。こうしたノウハウの多くは、現場経験が豊富な熟練技能者の属人的な知見・技能として存在しています。このため、熟練技能者が退職し、新たに現場経験を積んでノウハウを受け継ぐ若い人材がいないと、ノウハウ自体が失われてしまいます。
これが現在では、IoTセンサーによって装置や設備の稼働状況を反映したデータを収集し、集めたデータをAIなどで解析し、熟練技能者の判断能力と同等の能力を再現できるようになりました。実際、IoTとAIを組み合わせて生産条件を精緻に調整しながら品質や生産性を自律的に維持するシステムや、「予知保全」と呼ばれる故障の兆しを事前に察知して未然に計画的な保全を行う技術も利用されるようになりました。
デジタルツインを共有して、異なる遠隔地にいる専門家が協業
また、デジタルツインを活用して、工場の設備などの稼働状況の監視やメンテナンスを遠隔地から実現できるようにして省人化を図る例も出てきています。デジタルツインとは、IoTなどを利用して集めた現場・現物・現実のデータを3Dデジタルモデルに入力して、仮想空間上に現実空間にあるモノの状態や挙動を再現する技術のことです。
技術的な専門性の高い設備のメンテナンスでは、現場にさまざまな専門家が集まって、それぞれの見地から適切な判断・対処を行う場合がよくあります。デジタルツインを専門家間で共有すれば、現地に出向くことなく、それぞれ異なる遠隔地から同じモデルの状態や稼働情報を見ながら協力・分担して対処できるようになります。
職場環境を改善して、製造業に若年層を呼び戻す
職場環境を改善して、製造業に若年層を呼び戻す
3K環境を削減または省人化
製造業の現場には、どんなに生産工程を改善したとしても、どうしても3K(きつい・汚い・危険)にならざるを得ない現場があります(図4)。職場環境の改善は、特に若年層の入職者を増やすために必須の取組課題となります。一般に、3K環境を改善するための方策には、「作業環境の改善」「業務プロセスの改善」「働き方改革」の大きく3つのアプローチがあります。
図4 職場の改善・改革で3K作業から人材を開放
出所:筆者が作成
3K作業の無人化に向けたロボット
作業環境の改善の一環として、3K作業を無人化するためにロボットを導入する動きが、既に多くの企業で見られるようになりました。特に、重量物の搬送や積み上げ作業やマシニングセンターへの重たいワークの着脱作業、火気・有毒ガス・アーク光など健康障害につながるリスクが高い溶接作業、危険な有機溶剤を扱う塗装作業などでのロボットの導入が進んでいます。
こうした危険で、負荷が大きな作業をロボット化すること、労働災害リスクの低減が実現します。同時に、ロボット化を推し進めることで、生産性の向上、品質向上、24時間稼働の実現などのメリットも得られます。
近年では、センシング技術やロボットの制御技術、さらには作業環境の状態・状況を正確に把握するためのAI技術などが発達。より複雑な作業の自動化やロボットの利用状況の変化に対する柔軟な対応が可能になり、より多様な工程・職場への適用が可能になってきています。
作業環境の改善では、ロボットの導入とは別の方法が取られる例も多く見られます。人間工学などの知見を生かした作業台の高さの最適化といった地道な改善や、高性能な換気システムの導入、クリーンルームや滑りにくい床材の採用など、設備面での対策が効果を発揮している現場もあります。
作業者の負担が重い業務をDXによって軽減
業務プロセスの改善の一環として、AIやIoTを活用したDXが行われる例が多くみられます。具体的には、危険な場所に置かれた設備にIoTシステムを導入し、AIで稼働状態を常時監視することで点検作業を削減するといった施策が取られています。これによって、作業者の負担を軽減できます。多様な導入効果が期待できるIoTシステムですが、作業者の負担が重たい業務を優先した導入が求められています。
また、大きな付加価値を生まないが必要不可欠な作業や単調な作業を自動化・ロボット化する動きも活発化しています。特に、部品・材料の搬送や工程間搬送などを行う自律移動ロボット(AMR)を導入する工場が増えています。
人の作業を補助する協働ロボットを活用して働き方改革
残業時間の削減や有給休暇取得の容易化など「働き方改革」に向けて、人事制度を改善すると共に、生産性を維持しながら生産計画を人的リソースの変動に合わせて柔軟に調整できる仕組みを導入する企業も出てきています。具体策として、生産計画を最適化するITツールの導入や、多様な作業を柔軟にこなせる汎用ロボットの導入などを進めている職場があります。近年、こうした用途に適用可能な汎用ロボットが急速に進化してきています。
これまで、工場内で作業の自動化に向けて導入されていた産業ロボットの多くは、安全柵で囲った人の作業領域とは隔離した場所に置かれ、利用されていました。こうした産業ロボットは、特定作業を高効率にこなす専用ロボットである場合がほとんどでした。ところが近年、安全柵のない領域内の人間の近くで作業する協働ロボットが生産現場に投入されるようになりました。協働ロボットは、人間との共同作業の効率化を狙って導入されており、センサーや画像認識技術を活用することで人間との接触を自律回避する機能を備えるなど安全性を高めた設計がなされています。
簡単なティーチングやプログラムで多様な作業に適用可能な汎用ロボットの導入例も目立つようになりました。生産工程や生産量の変動が大きな多品種少量生産対応の生産ラインへの導入例が多く、作業員の手が足りない部分を支援するために状況に応じて適材適所に配置されて利用されています。
リスキリング教育で人材需給のミスマッチに対処
リスキリング教育で人材需給のミスマッチに対処
時代の要請に応える人手の配置を目指して
先述したように、現在の製造業には、特定の技術領域では人材余剰であるのに、別の技術領域では人材不足が同時発生する人材需給のミスマッチが見られます。こうした人材需給のミスマッチ状態を放置していると、企業はビジネスを失い、人材が失職することになりかねません。
求められる人材を確保し、同時に雇用を守るためには、既存の人材が時代の要請に応える能力を取得していく必要があります。自動車業界の各社は、新たな潮流に合致した人材を育成するために、さまざまな施策を実施しています。
例えば、電動車に不可欠なパワーエレクトロニクス技術や自動運転車に不可欠な情報通信技術に関する知識と技能を得るため、「リスキリング(スキルの再習得)教育」を強化するところが増えています。エンジニアを大学や研究機関に派遣したり、基礎知識や最新動向を学ぶセミナーなどを開催したり、従業員にEVを実際に製作させて電気系の知識を実践的に取得させる取り組みなどが行われています。
業界を問わず、DX人材の育成が至上命題に
また、製造業に属するあらゆる業界の企業において、DXの実践に対応できる人材を育成する動きが活発化しています。
現在、DXの実践に向けた人材の獲得競争は激化しており、特にデータサイエンティストは、製造業以外のIT産業や金融産業などとの間で、高待遇での奪い合いになっている状況です。ただし、DX人材を外部から新たに獲得したとしても、それだけでは、DXを継続的に実践し、業務改革の成果を現場に根付かせることはできません。開発・生産現場で働く人の能力を拡張しマインドセットを入れ替える必要があるからです。具体的には、最新の情報処理技術に関する知識とデータを有効活用するための方法論を知る必要があります。同時に、データとデジタルツールの有効活用を前提として、業務効率の向上や価値創出を考える価値観と習慣を養うことも重要になります。
DXの実践を継続さえ、成果を根付かせるため、製造業では自発的な社会人教育が活発化してきています。既に、自社ビジネスの中核となる技術領域に関する知識・技能だけでなく、ITやデータ活用に関する能力を同時に身につけることを目指した「二刀流人材」の育成を目指す企業も出てきています。加えて、業務に活用できるプログラムの開発やデータサイエンスに基づくデータ解析ができる人材が各部署に必ず配置されている組織の構築を目指しているところもあります。
まとめ
まとめ
日本の製造業は、慢性的な人材不足を抱える時代に突入しつつあります。しかも、単に開発や生産に携わる人材の数が足りないだけではありません。自動車業界におけるEVや自動運転車に関する技術に精通した人材、DXを実践し現場に根付かせるための人材のように、特に顕著な人材不足が見られる領域もあります。その一方で、市場や技術のトレンドの変化から、需要が低下している従来業務向けの知見や技能も出てきており、人材需給のミスマッチも発生しています。
こうした製造業に従事する人材を取り巻く変化に対応するための取り組みが、各企業の中で活発に行われるようになりました。特にロボットの導入やAI・IoTなど情報処理技術の活用、さらには時代が求める能力を身につけるための社会人教育の実践が、積極的に進められています。
RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。IT、DX製品、部品、設備、装置、計測製品などが出展し、製造業の設計開発、製造、生産技術、情報システム部門の第一線で活躍する方々が集います。開発・製造期間の短縮、DX・IT化の推進、コストダウン、脱炭素、工場の省エネ・自動化など製造業の課題を解決するアイデアが見つかる絶好の場となります。
展示会場では、製造業の最先端事例や設計開発の最前線の話題が学べる併催セミナーも開催しています。また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。
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執筆者プロフィール
伊藤 元昭
富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。
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