解析技術の革新で活用シーンが急拡大する「監視カメラ」
製造業の工場では、生産現場の要所に多数の監視カメラを設置して、現場の状態や状況を常に見守っています。これまで工場における監視カメラは、主に、働く人の安全確保や不審者の行動監視、さらには製品への異物混入などの問題が発生した際の現場確認用情報の保持などに利用されてきました。これが近年、人工知能(AI)など情報処理技術の発達に伴って、監視員に代わって機械を使ってカメラで収集した映像を正確・迅速に監視可能になってきました。これによって、これまで監視対象の拡大や映像データの新たな活用法が生み出されています。監視カメラは、製造業で「デジタルトランスフォーメーション(DX)」を実践する際に利用する重要なツールになりつつあります。この記事では、監視カメラを取り巻く技術の進化と、その有効活用による生産現場のDXによってもたらされる効果について解説します。
RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。その中でも、構成展の一つである「工場設備・備品展」では、工場向けの多様な省エネ製品に加えて、物流機器、メンテナンス製品、安全用品などが出展します。
展示会場では、製造業の最先端事例や設計開発の最前線の話題が学べる併催セミナーも開催しています。また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。
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現場は生き物、監視カメラは異変対応の起点
現場は生き物、監視カメラは異変対応の起点
製造業の生産現場は、状態や状況が常に変わり続ける
製造業の生産現場では、生産計画に沿った、予定通りの時期、想定通りの量、一定レベル以上の品質での生産を目指して操業しています。しかし実際には、計画通りの生産を安定継続することは簡単ではありません。現場では状態や状況が刻々と変化し、生産計画の遵守が困難になるような重大な出来事が起きる可能性が常にあるからです。
より安定的な生産の実現を目指して「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が実践されるようになり、想定外の出来事の発生頻度は低下しつつあります。以前ならば、装置や設備の動作不調や不具合が発生すれば、製品の品質や生産性の低下を招く可能性がありました。これが、IoTシステムで収集した装置・設備の稼働状況データを、人工知能(AI)によって解析すれば、異常が発生することなく事前に兆候を検知して計画的に対処する「予知保全」といった現場の管理・操業が可能になってきています(図1)。
図1 予知保全などでは対処できない事態の事後保全の起点として監視カメラを活用
出所:筆者が作成
人間はミスする生き物、想定外の出来事を起こす可能性が常にある
ところが、予知保全などがいかに高度に発達したとしても、未然に防ぐことができない突発的な機械故障や作業員が巻き込まれる事件・事故などが、必ず発生します。特に、作業員と装置・設備が同じ場所に共存し、それぞれが連携しながら作業している現場は注意が必要です。機械の動きや状態変化は、比較的予測しやすい対象なのですが、人間の行動は予測不能な面が多くあり、不測の事態を招く起点になることが多くあるからです。
実際、工場内の生産ラインに限らず、パソコンを使った事務処理やクルマの運転など、人と機械が連携して動く際に起きる不調や事故の原因の多くがヒューマンエラーによるものだと言われています。一般に人間は、どんなに緊張感を持って作業しても1000回のうち3回はミスをすると考えた方がよいのだそうです。もちろん作業内容の違いや個人差はあるとは思いますが、この発生頻度は低いとは言えません。しかも、多くの生産現場は行動予測が困難な人間と大出力で動く機械が共存して業務をこなしているケースが多く、現場作業員のいつもと違う些細な動きが大ごとに発展しやすい環境であると言えます。
人と機械が共存する現場では、ミスの発生頻度を減らすための工夫や、発生しても大ごとに発展しないようにする工夫が凝らされています。誤った操作ができない構造の装置を導入したり、部品と指示書それぞれのバーコードを照合しながら進める作業手順を徹底したりといった、いわゆる「ポカヨケ」の工夫を導入している生産現場はよく見られます。また、人が侵入してはいけない領域に誤って踏み込んでしまっても、それをセンサーで検知して装置が緊急停止するような仕組みが導入されている例もよく見られます。
それでも想定外の出来事が起きる可能性があります。そうしたケースでは、最終手段として、事後対処することになります。そして、影響や被害、損害を最小限に抑えるためには、異常や事故が発生した際にいち早く察知し、状況を正確に把握し、適切に対処できる仕組みが必要になってきます。
想定外の出来事への迅速対処の起点となる「監視カメラ」
事後対処の起点となる異常・事故・事件の発生を察知するため、いち早く察知する手段として広く利用されているのが「監視カメラ」です。監視カメラは、オフィスや公共施設、商業施設などのセキュリティ対策として広く利用されていますが、工場においてもさまざまな用途に利用されています。
工場内では、監視カメラの他にも、生産する製品の品質や生産性を高めるための情報を収集する外観検査に用いる産業用カメラが多く使われています。一般に、監視カメラと産業用カメラでは、役割や設置場所、カメラの仕様などが異なっています(図2)。
図2 監視カメラと産業用カメラの相違点
出所:筆者が作成
一般に、工場内に設置する監視カメラが果たす役割は、防犯対策、安全管理、従業員管理、リモート監視などが中心であり、モニタリングする主な対象は人になります。主な設置場所は、工場や生産フロアなどの出入口や生産現場中の安全リスクが高い場所、倉庫や資材置き場などです。特に部外者の出入りが多い場所や不審者の侵入が許されない場所には、必ず設置されます。部外者の監視は防犯という意味だけでなく、安全管理の面からも重要です。現場で日常的に行われているカイゼン活動などを通じた安全行動の確認や安全性を保つために不可欠な行動基準を知らずに動く可能性が高いからです。
監視カメラに求められる解像度や対応撮影環境などの仕様は、一般的な建物に設置される防犯用カメラと大差ありません。このため、カメラ自体は大量生産されている既製品が利用される例がほとんどです。むしろ、監視すべきなのに監視されていない領域がなくなるように、できる限り数多く設置する方が重要になります。また、監視カメラでは、撮影した画像データを管理センターで集中監視することになるため、通信機能が不可欠になります。
一方、産業用カメラが果たす役割は、品質管理、生産性向上、トラブル対応、自動化・省人化に向けたセンシングが中心であり、モニタリングする主な対象は製品や部品・材料、装置・設備になります。主な設置場所は、生産ラインや装置・設備、自動化された工程などになります。
一般に、産業用カメラは、監視カメラよりも高解像度で、なおかつライン上を高速に流れる製品や高速動作する装置を検知できる高フレーム撮影など、より高性能な仕様・機能を備えています。場合によっては、顕微鏡映像やX線撮影などの特殊撮影への対応を求められる場合もあります。撮影環境も、高温・粉塵・振動などより過酷な環境に対応可能な設計のカメラが必要になる例が多くなります。撮影した画像データは、現場でリアルタイム処理して利用される場合が多かったのですが、近年ではサーバーに集めてより高度な解析をしたり、蓄積してカイゼン活動やトレーサビリティの確保に利用したりする例も増えています。
監視担当者は人間、だからこそ抱える課題がある
監視担当者は人間、だからこそ抱える課題がある
監視カメラの画像データは人間が判断している
一般に、工場など産業施設の各所に設置した多数の監視カメラで撮影した画像データは、管理センターに集められ、監視担当者が集中監視しています。同時に、ほとんどの場合録画されており、問題や事故などが発生した場合の事後対処の方法を再検討する際などの資料にするために保存されます。つまり監視カメラの画像データは人が監視・判断している例がほとんどなのですが、人が監視者であるからこそ生じる問題が多くあります(図3)。こうした問題を解消されるため、監視システムを提供する企業からさまざまな対策ソリューションが提供されています。
図3 監視画像を人間が見ているからこそ生じる課題
出所:筆者が作成
1人の監視者が同時監視できるカメラの数は限られている
まず、1人の監視者が同時監視できる場所は限られます。多くのカメラを同時監視することになれば、どうしても1台当たりに割かれる注意力や集中力が薄くなり、監視精度が低下するからです。一般に、1人の監視者が目視で効果的な集中監視できるのは、約16~20台とされています。
近年、より多くの画像を高精度な監視を支援する技術が発達してきています。既に、普段と違う人物の動きなどのイベントが発生した際に、該当する映像データをフラッシュ表示したり、アラート通知したりすることで監視者の注意を喚起する監視システムが利用されています。こうした技術を利用することで、1人の監視者で100台以上のカメラを同時監視できるようになります。
人間が監視者である以上、監視の精度や品質の不安定さは避けられない
また、機械に比べればパフォーマンスが不安定な人間が監視していることから、監視精度が不均一になる点も問題です。
なるべく安定した監視を可能にするために工夫や技術が導入される例が出てきています。映像品質の高い、高解像度・広いダイナミックレンジのカメラを導入したり、監視対象となる人や物の動きを追跡したり、撮影した映像データを鮮明に加工する画像処理を導入するといった方法です。
その一方で、監視者の安定的判断の維持に関しては、適切な休暇・休憩・健康管理など勤務管理に関連した対応策以外の方法がないのが現状でした。監視者は、ただカメラの映像を見ていればよいわけではなく、多岐にわたる非日常的な出来事の中から対処すべき出来事を判断できる能力が求められます。熟練した見識と技能が求められる役割であると言えます。ただし、監視者自体の注意力や判断基準自体が不安定であることが問題になることがあるのです。
人間を人間が監視することによるプライバシー侵害
監視システムでは、人間が人間を監視するケースが多くなります。このため、プライバシー侵害に関連した問題が必ず出てきます。工場の生産ラインのように、社内の従業員が監視対象になる場合には一定の合意の下で監視されるわけですから、問題は少ないと言えます。しかし、部外者や一般人が映り込む可能性がある場合には、注意が必要です。
監視対象となる人のプライバシーを保護するための技術開発も進んできています。代表的な技術に「プライバシーマスキング」と呼ばれる技術があります。監視カメラで撮影した映像から個人を特定できる情報を自動的に隠す技術です。例えば、顔や人物全体を自動検出し、リアルタイムでぼかしやモザイク処理、塗りつぶしを行います。人物の動きだけを検知すればよい場合には、人物をアバターやピクトグラム(グラフィカルなシンボル)に変えて表示するといった方法もあります。
監視カメラとAIの組み合わせで、即時の把握・対応が可能に
監視カメラとAIの組み合わせで、即時の把握・対応が可能に
AIの活用で、人が監視することに起因する問題を解決
近年、人工知能(AI)を活用した画像認識技術が発達したことによって、監視者に代わって機械による自動監視技術が急激に発達してきています(図4)。AIによる監視は、人間による監視で抱えていた多くの問題を解決できます。加えて、Wi-Fiや5G携帯電話網などの高速・大容量な無線通信技術の発達・社会実装が進み、これまで設置できなかった環境にも、より多くの監視カメラを設置できるようになってきました。これによって、監視カメラの適用領域が急拡大しています。
図4 AI監視カメラの導入効果
出所:筆者が作成
監視作業にAIを導入することによって、これまでよりも多くのカメラで撮影した映像を、同時にリアルタイム監視できるようになります。そして、いつもと違う行動や不審者の侵入などの問題に迅速対処できるようになりました。AIは、24時間疲れ知らずで稼働可能なため、人間の眼では見落としがちな些細な変化も逃さず察知することができます。さらに、AIによる画像認識処理を実行するコンピュータの性能を高めれば、監視対象となる場所を際限なく増やすこともできます。
また、近年のAIでは、人物の顔や行動の内容を高精度に認識できるようにもなっています。また、AIは人とは異なり、歪んだ映像でも正確に内容を検知できます。このため、360°の広視野カメラで撮影した画像でも正確に監視できます。さらに、不審者が不審行動を取った際だけアラートをしたり、監視対象となる合意の取れていない人物は隠すといったことも可能になっています。群衆の中に紛れ込んだ、未登録者や不信行動を行う人物を抜き出して察知することも可能です。
AIを活用することによって、監視作業が完全自動化できるような印象があります。しかし、AIによって異常を高精度に判断できるようになっても、人間が関与しない完全自動化した監視システムを利用することはほぼありません。なぜならば、監視対象の多くが人間であり、その行動を監視して何らかの対処をする以上、相応の責任が発生するからです。AIの判定結果を基に、判断責任を担う監視者が再確認して対処を決めることになります。近年のAI技術の進化は著しく、撮影した映像内の人物や物体を自動的に分類し、監視目的に沿った重要度に応じて優先順位をつけることができます。
AIの導入で、監視カメラと産業用カメラの境界があいまいに
先述したように、製造業の向上などでは、主に人物の有無や挙動を監視する監視カメラと、生産ライン中で製品の状態などを検知し品質管理などに活用する産業用カメラが使いわけられていました。カメラそのものの仕様も異なるものでした。ところが近年、監視カメラで収集した映像データをAIで検知・判別する技術が進歩したことで、監視カメラと産業用カメラの境界が曖昧になり、両者の用途・機能は融合しつつあります。
近年のAI技術の進歩は著しく、画像認識に応用することで、人間が検知できないような違いを明確に判別できるようになりました。加えて、高精細な監視カメラが手頃な価格で入手可能になり、さらには撮影した映像データをより鮮明にする画像処理技術も発達してきています。これらの技術面での変化によって、監視カメラを産業用カメラとして利用することも可能になってきています。
人間と機械の安全かつ円滑な協調作業を目指して
人間と機械の安全かつ円滑な協調作業を目指して
監視カメラ情報を活用して、人間と機械の円滑連携を実現
人間と機械が協調しながら作業している生産ラインなどでは、協調作業の品質や生産性、安全性を向上させるための情報収集に向けて、監視カメラが利用されるようになってきています。
少品種大量生産ラインは、機械だけで自動生産するラインを構築しやすい面があります。しかし、多品種少量生産などを行うセル生産ラインのような人手作業が多く介在するラインのQCDを向上させることは簡単ではありません。良くも悪くも融通が利く人と決まったルールで動く機械の連携の歩調を合わせるのが困難だからです。
こうした多品種少量生産ラインを中心に、監視カメラで撮影した生産ラインの様子を映した映像データを、効果的なカイゼン活動に活用する例が増えてきています。
工場内の各所に多数の監視カメラを設置。装置の異常動作や人の動きなどが原因となって発生するトラブルや生産性・品質低下の原因究明に監視カメラが利用されるようになりました。監視カメラを利用する以前、トラブルなど原因究明には、手間と時間を要していました。何が起きて異常動作したのか、事後の推測では正確な情報が得られなかったからです。装置を常時監視するカメラで撮影・記録した映像データを解析することで、原因の特定と対策の迅速化が可能になり、ダウンタイム短縮が実現しました。
AI監視カメラで得た情報をカイゼン活動や自動制御に適用
監視カメラの収集した映像をAIなどで解析すれば、カイゼン活動の効果と効率をさらに高める情報が得られます。既に、生産ライン上の作業員の動きや作業ロスなどを解析抽出して、効率的な作業員の配置や作業手順、理想的振る舞いなどを学ぶ資料として活用している事例があります。しかも、個々の作業員を見分けて個別解析した情報が得られるようになってきています。
さらに一歩進んで、監視カメラを人の挙動を検知するセンサーとして活用し、AIによる常時・リアルタイムで作業員を見守ることができれば、人の動きに合わせて機械の動作を自動最適制御することも原理的には可能です。ただし、現時点では人の動きを起点にした機械の自動制御は、安全性の観点から、生産ラインの実投入は限定的にとどまっています。
それでも、FAメーカー各社はこうした人との機械が協調作業する技術の開発を積極的に進めています。既に人間の動きをカメラで検知して卓球のラリーを続けることができるロボットなどが開発されるような技術が確立されています(図5)。高度な技術が着実に蓄積されており、生産現場で人と自律的に連携して作業するロボットが働く時代が間近に迫っています。
まとめ
まとめ
監視カメラは、突発的に発生する不測の事態に迅速・適切に対処するための起点となる情報を提供してくれます。製造業の生産ラインでは、特に人間と機械が共存しているような場所で、人間の予測不能な動きによって発生するトラブルなどに対処するための有効な手段になります。
これまでは、目視に頼って監視する必要があったため、監視効率の悪さやプライバシー侵害の懸念などの問題を抱えていました。しかし、近年ではAIを活用した監視が可能になり、こうした問題の多くが解決してきています。これによって、監視カメラの適用領域が拡大する傾向にあります。
RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。その中でも、構成展の一つである「工場設備・備品展」では、工場向けの多様な省エネ製品に加えて、物流機器、メンテナンス製品、安全用品などが出展します。
展示会場では、製造業の最先端事例や設計開発の最前線の話題が学べる併催セミナーも開催しています。また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。
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執筆者プロフィール
伊藤 元昭
富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。
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