AIを有効活用した外観検査で“三現主義”を拡張

日本の製造業には、現場・現物・現状を目で見て適切な状況を判断する“三現主義”が根付いています。三現主義は、製品の品質・生産性さらには現場の安全性を維持・向上させていくための重要な概念です。状態・状況に応じた柔軟かつ最適な対処が可能になるとともに、現場の作業員の知見やスキル、業務に対する責任感を高めます。三現主義の一環から、生産ライン上のさまざまな工程において、製品や装置を対象にした目視検査が行われています。ただし、人の眼を頼りにした目視による検査では、検査対象の数や項目、精度に限りがあります。より効果的な三現主義を実践するため、近年、人工知能(AI)やIoTなどの情報処理技術を活用した外観検査を導入し、目視検査と併用する “新・三現主義”と呼べるアプローチが導入されるようになりました。

RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。その中でも、構成展の一つである「スマートメンテナンス展」では、保全・メンテナンス業務で使われる製品・サービスなどが数多く出展します。

展示会場では、製造業の最先端事例や設計開発の最前線の話題が学べる併催セミナーも開催しています。また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。

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 “三現主義”の根幹、外観検査の役割

“三現主義”の根幹、外観検査の役割

工場内では、多様な外観検査が日々行われている

これまで日本の製造業の現場では、現場で働く人材の能力と意識を高め、QCD(品質・コスト・納期)を改善することによる製品価値の向上に注力してきました。そして、生産ラインには、現場・現物・現状を目で見て適切な状況を判断する“三現主義”がキッチリと根付いています。

三現主義を実践するための手段として、さまざまな多様な目的で導入・実施されているのが外観検査です(図1)。その適用シーンは多岐にわたります。ただし、外観検査は製品のQCDを向上させるうえで重要な作業ですが、目視に頼ることによる課題も抱えています。

図1 製造業の工場では、さまざまな外観検査が行われている

出所:筆者が作成

受け入れた原材料・部品の外観で品質を確認

例えば、原材料・部品などが工場に入荷される際の受入検査の中では、仕入先から納入された仕様書や品質基準に適合していることを確認するための外観検査を実施(図1)。形状、寸法、色、表面状態(傷、汚れ、異物の付着など)、数量、包装状態などを確認しています。こうした外観検査は、工場の入口で製造工程に不良品が混入することを防ぎ、後工程での問題発生を予防するために実施されています。

一般に、受入検査では、一定数のサンプルを抜き取って検査を実施します。万全の品質管理を期すためには全数検査が理想になりますが、大量の受入品がある場合には目視だけでは対応が困難だからです。全数検査が必要な場合には、後述するカメラやセンサー、AIなどを利用した自動的な外観検査を導入する必要があります。

工程ごとに作業結果を目視確認して製品品質を向上

また、製品が完成するまでの加工・塗装・表面処理、組み立て後の部品取り付けなどの生産プロセス中で実施する工程内検査においても、外観検査が行われています。それぞれの工程で発生した不良品を迅速に発見し、損失を最小限に抑えるために実施します。各工程で経験豊富な作業員による外観検査を実施すれば、不良品の発生を抑えるために改善すべきことを正確かつ迅速に判断・実行できます。

機械の組み立てやその部品の加工などを行う工場では、ほとんどの場合、全数を対象にした外観検査が行われています。その一方で、食品などや半導体などプロセス型の製造ラインでは、ロット単位での抜き取り検査が行われることが多くなります。工程内検査は、製品の品質向上に欠かせない作業です。ただし、取りこぼしのない外観検査を追求すると、検査時間が長くなりがちです。場合によっては、生産ラインの流れを阻害し、生産性を低下させる要因にもなってしまいます。このため、いかに生産ラインを止めることなく外観検査を実施するかが重要になってきます。

完成品の品質を最終確認して企業ブランドの信頼を維持

製品完成後に実施する出荷検査でも、外観検査が必ず行われます。この作業で、製品の最終品質を確認し、エンドユーザーへの不良品流出を防ぎます。製品の見た目での不良は、エンドユーザーが最も気づきやすい欠陥になります。このため出荷前の外観検査では、企業ブランドの信頼を維持するために欠かせません。

出荷検査では、寸法の精度、形状の正確性、組み立てなどの品質が設計通りに行われていること、さらには製品に傷や汚れ、変形、欠け、色ムラなどがないことを目視確認します。また、製品を物流業者に受け渡す前の梱包の荷姿などを確認し、輸送過程で製品の破損などが起きないことを確認するためにも、外観検査が行われます。

その他にも、生産時に利用する装置・設備の状態を点検・確認する際にも外観検査が行われています。こうした装置などの外観検査は、専門の保全担当が実施するだけでなく、普段から装置を利用している現場作業員も行っています。構造的な問題の有無、機械部品の状態、電気端子の緩みや腐食、安全装置の動作確認など、問題なく稼働している状態との違いを察知して、潜在的な問題を早期発見するためです。

 人間の五感・柔軟性を生かす外観検査の狙いとデメリット

人間の五感・柔軟性を生かす外観検査の狙いとデメリット

人間の五感に頼る外観検査には理由がある

外観検査は、人間に備わった能力である五感を利用した検査です。生産ライン内ではさまざまな検査が行われていますが、外観検査は、厳密すぎない柔軟対応が求められる検査項目で多く実施される傾向があります(図2)。

図2 製造業での外観検査が実施される検査領域と抱えている課題

出所:筆者が作成

機械部品などを作る生産ライン上の工程内で外観検査する場合を想定してみましょう。その場合、細かな傷や小さな異物など、さまざまな点に着目して合否判定することになります。ただし一般に、傷や異物の大きさ、形状、材質などは多様であり、あらゆる可能性を想定して品質管理をルール化することは困難です。このため、経験に基づいた臨機応変の合否判定が求められます。

また、厳しすぎる基準で合否を判定すると、許容できる個体差であっても不合格と判定されてしまい、採算の取れる歩留りでの生産ができなくなる可能性があります。このため、こうした品質管理に向けた検査では、合否判定において一定のさじ加減が必要になってきます。ここで、人間の経験や常識を背景にした柔軟な判断が役立つため、外観検査が行われているのです。

外観検査には、人間が行うからこその課題も

人間だからこその柔軟性に基づいて行われている外観検査ですが、人間が行う作業だからこそ抱える課題もあります。

まず、検査を担当者それぞれの経験や技能によって、検査結果が左右されがちなことです。同じ担当者でも、その日の体調や仕事を始めた時間帯と終える時間帯の違いによっても結果が変わります。このため、一定基準での検査が困難です。

また、経験や技能の高い検査員が必要になるのですが、少子高齢化による人手不足や個人の主観や感覚による部分が多いため、技能継承の難しさも課題になります。

さらに、人間の目が行き届かない部分の検査が困難になる点も課題です。外観検査は、製品全体の外観を対象にする場合がほとんどです。ところが、大型で重たい製品では検査時の取り回しが難しく、検査時の作業負荷が大きい場合があります。特に出荷検査では、完成した製品全体の外観を検査する過程で、扱いをミスして合格品を壊してしまうようなリスクもあります。

 外観検査の自動化、これまでは適用項目・作業が限定

外観検査の自動化、これまでは適用項目・作業が限定

自動化しやすい検査項目と、しにくい検査項目

一定基準での外観検査を実施するため、また人手不足に対応するため、目視で実施していた外観検査をマシンビジョンや検査ロボットなどのシステムを導入して自動化しようとする試みが比較的古くから行われてきました(図3)。ただし、現在、目視による外観検査の中には、自動化が容易な項目・作業と、自動化が難しい項目・作業が明確にありました。

図3 ルール化しやすい目視検査はマシンビジョンなどで自動化

部品の付け忘れや加工形状のブレ、組み立ての精度の低下などの外観検査は、自動化が比較的容易です。設計データから良品認定基準を定量化し、さらに検査する場所や検査項目などをルール化やすいからです。マシンビジョンを用いて、一定の撮影環境で検査対象の画像データを収集。あらかじめ定めておいた検査項目・基準に基づいて定量化した合格品の基準と照らし合わせながら、一定許容量以内ならば合格品、許容量を超えていれば不合格品とすればよいわけです。

一方、定量化の難しい検査項目は、画像処理による外観検査の実施が困難でした。具体的には、以下のような項目が該当します。

まず、製品の色味の違いを見分けるような外観検査が該当します。例えば、切削で加工した機械部品の生産では、切削油を除去する洗浄工程の後に水シミや酸化などが色味の違いとなって現れます。経験豊富な作業員ならば、合格と不合格を一目で見分けることができますが、マシンビジョンで見分けることは簡単ではありません。また、製品の材質によっては、色味の違いが判別しにくい場合もあります。このため、画像処理による定量化が難しいため自動化が困難です。

また、製品の表面に残る傷も定量化が難しい検査項目です。切削加工した部品では、良品にも切削痕が残ることがよくあります。ただし、切削痕とは異なる傷が残っていれば不合格となります。同じ素材についた、よく似た傷跡を精緻に見分ける必要があります。こうした判別も、人の目では比較的簡単ですが、機械には難しい作業となります。

さらに、製品に混入・付着する異物も見分けることが難しい対象物です。異物の材質や形状、大きさ、混入・付着する位置や状態などは多様であり、あらかじめ排除すべき異物を定義することが困難です。そもそも、いかなる異物が付着する可能性があるのか、事前に想定できないことがほとんどです。

検査作業の一部を自動化して作業員を支援

目視に頼らなければならない外観検査であっても、検査作業の一部を自動化して作業を効率化・容易化できる場合があります。外観検査を支援するさまざまな方法が提案されており、実際に利用されてきています。

まず、検査対象の搬送や外観撮影までの作業を自動化し、撮像した画像データを検査員がモニターで確認して良否判定するといった方法が導入されています。大型で重たい製品やカメラを動かしたり、傾けたり、反転させたりといった取り回しをロボットなどの機械に任せれば、作業負荷が劇的に軽減し、複数の検査ポイントでの画像撮影を迅速に行うことができます。

また、画像の撮影や、撮影後のデータを加工することで検査員の判断を支援する仕組みも利用されています。例えば、対象項目を判定しやすい画像が撮影できるように、照明を最適化したり、条件拡大や視野の広い画像を撮影したりする設備が導入されています。さらに、画像処理によって、画像のコントラストや対象物のエッジを強調したり、スケールやマーカー、良品の参照形状などを重ねて判断を支援したりすることもできます。

さらに、ライン中を高速で移動する製品も、画像データを撮影・記録しておけば時間を掛けて目視による合否判定が可能になります。また、厳密な合否判定はできなくても、画像処理で不良である疑いのある製品を自動選別しておき、選別されたものだけを対象にして、検査員が最終的な合否判定を下す場合もあります。

 “新・三現主義”、AIと人間が協力してよりよい外観検査を実施

“新・三現主義”、AIと人間が協力してよりよい外観検査を実施

AI技術の進化で、ルール化困難な外観検査の自動化が可能に

これまで、人間の五感を頼りにして行ってきた外観検査ですが、近年の人工知能(AI)の発達によって、これまで自動化できなかった熟練した技能者の知見・技能を再現し、自動化可能になってきました。特に、「ディープラーニング(深層学習)」の発展によって、ルール化困難だった検査においても自動化が可能となりつつあります。そして、場合によっては、人間よりも効果と効率の高い外観検査が実現するようにもなってきました。

近年、AIを導入した外観検査を導入することで、製造業での生産における競争力を生み出す三現主義を拡張し、より高度なQCDの実現を目指す取り組みが進められるようになりました。“新・三現主義”と呼べる、人間とAIが協調しながら生産ラインのQCDを高めるアプローチが、製造業の「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の一環として、多くの企業で実践されるようになってきています。

AIを活用した外観検査の多様で絶大な導入効果

これまでもっぱら人間の五感や柔軟性に頼っていた外観検査にAIを導入することで、多様で絶大な効果が得られます(図4)。

図4 AIを活用した外観検査で、ルール化困難な検査も自動化可能に

出所:筆者が作成

まず、検査工程の生産性が劇的に向上します。人間が目視で行う外観検査での判定速度は、生活する中で人やモノの状態や動きを認識できる範囲に限定されます。これに対し、AIによる画像認識では、コンピュータの性能を高めれば、際限なく判別速度を高めることができます。このため、人間の目では追い切れないほど高速で動くライン上の製品や、大量の製品の同時判別などが可能になります。

さらに、AIは疲れ知らずの機械であるため、24時間365日、連続稼働させることが可能です。このため、生産性が劇的に向上し、人件費削減やこれまで抜き取り検査しかできなかったラインで全数検査を実施可能になります。人手不足対策としても有効です。

その一方で、検査精度の向上も期待できます。近年のディープラーニングを活用した画像認識技術は、人間の検知能力を超える精度での判別が可能になってきています。このため、目視では見逃しやすい微細な欠陥も検出可能です。また、目視検査では誤認などのヒューマンエラーの発生や、疲労や注意力低下などによる判別基準の不安定化などがつきものです。判別に担当者の技能の違いや主観が現れやすく、検査担当者が変わると結果が変わることがよくあります。AIによる目視検査には、こうしたミスや不安定さのない高精度で安定した外観検査が実現します。

また、AIで外観検査を行う仕組みを活用する過程で、企業競争力の源泉となる知的資産をシステムとして蓄積していくことができます。これまでの外観検査は、属人的な知見・技能などに頼る部分が多かったため、担当者が退職・転属したら現場から技術やノウハウが失われる可能性がありました。これに対し、AIで外観検査を行えば、退職などすることなく継続的に学習を積み重ねていくことができるため、知見・技能を向上させ続けていくことができます。さらにAIならば、同じ能力を他のラインや拠点にも展開しやすく、その能力は企業競争力に直結する知的資産になります。判別対象となる検査データを、生産工程の改善や予知保全などにも活用可能です。

 AIの進化で広がる外観検査の適用シーン

AIの進化で広がる外観検査の適用シーン

AI外観検査は、少ないデータ学習での多様なシーン対応が課題

AIを使った外観検査は、既にさまざまな産業の生産ラインに導入されるようになりました。そして、AI技術が進化することによって、外観検査の適用シーンがますます拡大しつつあります。ここでは、製造業での外観検査に適用可能なAI技術の進化の典型的な例を紹介したいと思います。

日本企業の生産ラインにAI外観検査を導入する際に、頻繁に挙がってくる課題の1つにAIを学習させるためのデータが不足している点があります。これは、日本の工場の品質レベルが高すぎて、学習に必要な不良品のデータが不足するためです。

さらに、合否判定の合格品であっても見かけの形状や大きさに顕著な個体差があるケースも厄介な検査対象となります。例えば、ケーブルによって配線されているプリント基板では、ケーブル自体の曲がり方や重なり方などが異なり、正しく結線されているのかどうかの判別がつきにくい対象になります。個体差があって当たり前の生き物を扱う、食品工場などではこうしたケースに相当する外観検査がよくあります。

合格品のデータだけで合否判定を学習できるAI

不合格品のデータが用意できなかったり、合格品であっても見た目が一定ではなかったりするケースでの外観検査にも適用可能なAI技術が登場してきています。一例を紹介します。

富士通研究所は、不良品の画像データを学習用に用意しなくても、生産ラインの外観検査に適用可能なAI技術を開発しました(図5)。人工的に異常を付加した製品の画像データを自動生成し、生成したデータでAIモデルを学習させることで、傷や加工ミスなどの多種多様な外観異常を高精度に検出できます。

図5 不良品データなしで合否判定用AIの学習が可能な技術も登場

この技術では、合格品であっても個体ごとの見た目が大きく異なる検査対象にも適用可能です。異常検出向けAIモデルの性能評価指標にAUROC(Area Under the ROC Curve)と呼ばれるものがありますが、同社が開発したAI技術はAUROCにおいて世界最古言うレベルの98%を達成したといいます。

製造業の生産ラインは、AI技術を開発する研究者やエンジニアにとっては絶好の応用先であり、活発な技術開発が進められています。生成AIなど新たな技術を導入することで、外観検査の自動化や効率化がさらに進むことが期待されています。

 まとめ

まとめ

製造業の生産現場において、現場・現実・現物の確認を重視する三現主義の実践は、QCD向上による企業競争力に直結しています。そして、そうした取組の中で、外観検査は欠かせない作業になっており、さまざまな工程、さまざまな目的で実施されています。ただし、外観検査には人間の五感や柔軟性に頼って実施されているがゆえのメリットとデメリットがあります。

これまでにも、マシンビジョンやロボットなどの導入でデメリットを解消するための取り組みが行われてきました。ただし、どうしても人間の判断に頼らざるを得ない部分がありました。こうした領域が、近年のAI技術の進歩によって、自動化可能になっています。こうした技術の進歩を背景にして、これまでの三現主義が、製造業でのDXが進められる中で、AIと人間が協調しながらより高度なQCDの向上を目指す新・三現主義と呼べるアプローチへと進化しつつあります。

RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。その中でも、構成展の一つである「スマートメンテナンス展」では、保全・メンテナンス業務で使われる製品・サービスなどが数多く出展します。

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執筆者プロフィール

伊藤 元昭

富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。


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